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大騒ぎになっていた。そりゃそうだ、とおれは正座という足がやたらにしびれる座り方を強いられて、ウォレンさんに見下ろされていた。


「ご理解いただけますね? お二方」


「ちょっとじゃれただけで」


「は?」


「いちいちそんなに目くじらたてて怒るなよ。ちょっとふざけてじゃれただけだろ」


「イシュトバーン!! その正装のために、一体どれだけの時間がかけられたと思ってるんです!!」


「俺の怪我とかじゃなくて衣装の心配かよ」


おれはそんな事を言いあうウォレンさんとイシュトバーンの脇で、大人しく座っていた。足の感覚が無くなってきた気がする。なんでイシュトバーンはあんなにけろりとした顔で、ウォレンさんといい争えるの。わけがわからない。

こんな事になったのには理由がある。

おれ……というか、お嬢ちゃんの体……というかが分裂した、と知らせを受けて、先に現れたのがイシュトバーンだったのだ。

そしておれは即座に、その立派な姿に跳び蹴りを食らわせたのだ。

今までは、お嬢ちゃんの体を痛めるわけにはいかないから、乱暴な事はするまいと自制していたが、これはおれだけの体なので、ちょっと跳び蹴りをするくらいは迷わない。

おれの渾身の跳び蹴りだったのに、イシュトバーンは軽々と受け止めて、痛くもかゆくもないって顔をしていて、すごい腹が立った。

腹が立ったついでに、思い切り怒鳴ったのだ。


「イシュトバーン、あんた騙したな!!!!」


「おいおい、人聞きの悪い事いうなよ、いつ俺がお前を騙したんだ」


「だって!! お嬢ちゃんの魂どこにもいないって!!」


「あの体の中には、どこにもいないとは言ったぜ」


「……」


おれはしばし黙って、あのとき言われた中身を思い出した。

……

…………

………………

あ。

おれはぶすくれた顔で相手をじっとりと睨みながら答えた。


「確かに、体の中にある魂は、おれだけだって言った。でもあんた、お嬢ちゃんの魂が、この世にいないって言ったじゃないか!!」


「そりゃそうだろ、本来の体の中にいない魂は、この世にいない物だろう。というか今までどこにいたんだ、お前のお嬢さんの魂」


「おれの! 本体の! 中!」


おれが地団太を踏んでぎゃあすかと怒鳴ると、イシュトバーンはじっと考え込む様子を見せて言う。


「……そりゃ、その包丁を見なきゃ見つけられねえな」


「ああ言えばこういう! 謝罪しろ謝罪!! おれがどんだけ、どんだけ、お嬢ちゃんがどこにもいないって思って、悲しかったか!!!」


怒りのあまりおれは、イシュトバーンの事を遠慮なく蹴飛ばしながら怒鳴った。しかし蹴飛ばされても、全く効果がないようにしか見えない。


「わかったわかった、悪かった悪かった」


「誠意が足りない!」


おれは思いっきりかみつく勢いで怒鳴った後、じっとイシュトバーンを見上げて聞いてみた。


「この場合、どっちになんの、あんたの期間限定のご主人様は」


「俺を解放したのはお前の人格なのだから、お前だな」


「よーしそれなら話が早い、早すぎるほど早い。イシュトバーン! 期間限定のご主人様の最初で最後の命令だ! 心して聞け!」


おれはふんぞり返って言い放った。


「あんたはお嬢ちゃんがここで平和に暮らせるように徹底的に手を尽くせ! おれは放置で問題ない! お嬢ちゃんのために心を尽くして手を尽くせ! 以上!」


周りは呆気にとられている。イシュトバーンの方もおれの言った事の意味がわからないのか、意味不明すぎるのか、沈黙している。

おれはさて、とお嬢ちゃんの方を向いた。お嬢ちゃんは、現れたイシュトバーンにびっくりしすぎて、言葉もでないって感じだった。


「あの、英雄さん……」


「お嬢ちゃんはこれから、何にも心配しなくって大丈夫だ! あいつ約束は守るし、性格が最悪って奴でもない。話も通じる。人生再出発の場所として案内してくれたんだ、責任はちゃんと取ってくれる! だからお嬢ちゃんはここで幸せに暮らせる! おれもお嬢ちゃんのためにがんばる!」


「英雄さん、あの、そちらの鬼の方……顔がなんだか……」


「え?」


お嬢ちゃんにそういって、勇気づけるつもりだったのに、お嬢ちゃんは何ともいえない微妙な顔で背後のイシュトバーンを指さしている。

だからおれも振り返って、怒ってんのか笑ってんのか、いまいちわからない表情になっている大悪鬼に、なんだなんだ、と思ったのだ。


「どうしたんだ、イシュトバーン。この命令だけ聞けば、期間限定の主従関係も撤廃だぜ? 面倒が無くなってうれしいだろ?」


「つくづくこっちの予想がはずれるなお前」


「はあ。そりゃ、予想されて生きる生き方はしてないぜ」


「……」


イシュトバーンはしばし黙って、おれを頭の先から爪の先まで眺め回して、ぼそっと言った。


「先に手を出すか」


「は?」


そして言うやいなや、おれをひょいと持ち上げて担ぎ上げて、自分の真紅の派手なマントで覆って、魔族の方々にこう言ったのだ。


「ウォレンに二時間余裕を持たせろって伝えておけ」


「は、はあ……?」


「イシュトバーン様……?」


何考えているのかさっぱりわからなかったのは、何もおれだけじゃなかったらしい。皆様いまいちぴんときていない顔で、おれは包みの中から顔を出して、じたばたと馬鹿力の拘束から脱しようとしていた。

ぜんぜんうまくいかないんだが。

そんな時だったのだ。やっと到着したウォレンさんが、色々あって着崩れたイシュトバーンに、ほぼ全裸のおれを見て、額に血管が浮き、ぶちぎれて文字通り物理的に雷を室内に轟かせたのは。

そしておれ達は、冒頭に戻るわけである。



「……で? ノーシ様。あなたやけに人間くさくないなと思っていたら、本当に人間とは言い切れない存在だったんですね?」


「おれ自身も自分が何か、わからなかったんで怒らないでください……」


「普通、人間を守るために、刃物の意思が一時的に人間の体を乗っ取るなんて聞きませんよ。あなた刃物としても、相当に珍品ですよ」


「長生きだけはしてるからかもしんない」


「年を経た物の能力は、おかしなところで突出してますからね。……しかし、主に体を返還したのに、自分もまた主とそっくりな姿になるというのは面白い話ですね」


「そりゃ、人間の体の感覚がつかめたから、体が出来上がったんだろ、魔物じゃよく聞く話だ」


「イシュトバーンは黙っててくれませんか。……しかし今でも、魔物や魔族というよりも、人間の臭いの方があなたの臭いに近いですね。一体……」


ウォレンさんも不思議がっていたのだが、時計を見て我に返ったらしい。


「いけない、時間が迫っています! イシュトバーン、急いで身なりを整え直しますよ! 引きずってでも部屋に戻します! 自力で行くか私に引きずられるかのニ択です!」


「じゃあ自分で行くぜ」


「よし。……どなたか、ノーシ様ニも、宴に出る衣装を用意してください」


「俺が……」


「あなたは時間がありません」


イシュトバーンの言葉を切り捨て、ウォレンさんが去っていく。イシュトバーンもちょっと不機嫌そうだが、速やかに立ち上がって、おれの方を見て言う。


「また宴でな」


そして、お嬢ちゃんをちらっと見て言う。


「宴に参加するかどうか、ゆっくりお考えください、お嬢さん」


急ぎという事は分かっている様子で、イシュトバーンは一瞬で姿をくらました。おそらく城の中で転移魔術を使ったのだ。

便利な使い方をしているものである。

そして残されたおれの方は。


「……まともなものでお願いします」


きらきらした顔で衣装を探し始めた魔族の方々に、そうお願いするほか無かったのである。裸で逃亡は出来ないしな。お嬢ちゃん残していなくなるとか不可能だし。

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