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「これでいいって言われたけど」


おれは自分をよくよく眺めても、衣装の良さとか綺麗さとかは全くわからなかった。

これが泥汚れがないとか、染みがないとか虫食いがないとか、そう言うのはわかるんだけど。

でも、きっと。


「お嬢ちゃんは、新品の綺麗なおべべが着たかっただろうなあ」


と小さな声で口にしてしまう程度には、上等の物に違いなかった。

きっと生地は絹とか言われてる、高級品だろう。おれにそれらの区別はつかないんだが、でも上等だって事くらいは何となくわかったのだ。

これもお嬢ちゃんの話になるが、お嬢ちゃんは、本物の新品って物を購入出来ない子だった。

それでも、おしゃれとかがしたくて、恋人に綺麗だって言われたくて、古着屋で、たぶん一生懸命に選んできて、染みがあったらそれをなんとか落として、ほつれや破れめがあったら裁縫道具をつかって、明け方に早起きして、目をこすりながら繕っていた。

お嬢ちゃんに、夜更かしできるだけの燃料の余裕はなかったから、お嬢ちゃんは日の出とともに起きなくては、自由な時間なんてとれなかったんだ。

お嬢ちゃんは、綺麗な衣装を身につけたいと思うような、普通の女の子で、町でもありふれた、綺麗な姿になりたいと願う女の子だった。

……あの子はこんな上等な生地の物なんて着られないまま、人生が終わってしまった。

おれはあのころ何の力にもなってやれなかった。話し相手にすらなれなくて、あの子は絶望して死んでいった。

そう思うと、おれは、イシュトバーンが選んでくれる衣装を、着たくないだの、面倒くさいだので、拒絶できない。

お嬢ちゃんは着たかった。だから、おれは……お嬢ちゃんにかなえてあげたかった事を、お嬢ちゃんの体に行うという、自己満足しかできない。

ねえお嬢ちゃん、おれは、お嬢ちゃんに幸せになってほしくて、笑ってほしかったのに、なんでおれ達はそう言った物がうまく行かなかったんだろうな。

イシュトバーンが飾りたてたおれという、お嬢ちゃんの体は、ぴかぴかに磨いてもらっているし、綺麗なお化粧も施してもらったから、きっとすごく綺麗に仕上がってんだ。

なのに、お嬢ちゃんの事を考えると、割り切ったはずの感情というべき物が、ぐちゃりとつぶれそうになって、悲鳴を上げたくなる。

涙が出てきそうで、おれはそれをこらえて、笑顔を作ってみた。


「なあ、おれ、それなりに見える?」


おれは魔族の女性達に聞いてみた。彼女達はうそをつく気配もなく、にこりと笑ってこう言ってくれた。


「ええ、とてもお綺麗ですよ、お方様」


「イシュトバーン様がこれだけ選んでくださって、似合わないわけがありませんわ」


「ふふふ、お方様はイシュトバーン様に大事にされていますね」


「……」


そうなのかもな、と言いたくなったその時だった。

急に、そうだ、とても急に。

おれが肌身離さず手元に持っていた、おれの元々の体である包丁が、かたかたかた、とひどい震え方をして、そして。


ばちん!!!!!!


そう言う音によく似た、でももっとすごい音が辺りいっぱいに響いて。おれは炸裂した光にぎゅうっと目をつぶって、そして。


「……あら?」


おれは、一生聞けないと思っていた声が、聞こえたからそっちを見た。


「……おじょうちゃん?」


おれは、かすれた声でそう言った。魔族の誰もが、言葉を失った状態で、綺麗に飾ったおれの姿を、見ている。

おれも、訳が分からないけれども、自分が乗っ取ったのであろう姿を、鏡ごしでも何でもなく、頭から爪の先まで見ていて、そして、飾ったおれの姿の方も、おれを見て目を丸く見開いている。


「まあ、まあ、まあ……!! 戻っているわ! わたし、自分の体に、ちゃんと戻っているのですね!!」


お嬢ちゃんの体が、お嬢ちゃんの声で、お嬢ちゃんの性格と口調で、喋った。

その時のおれの、体中を巡ったうれしさは、すごいものだった。


「お嬢ちゃん!! 今までどこに隠れてたんだよ!! おれ、おれ、おれ……もうお嬢ちゃんが、体の中にいないから!! あっちに行って、もう帰ってこないんだって、ずっと、ずっと……!!」


おれは大声でそう言った。目玉から一気に涙があふれ出てきて、おれは座っているお嬢ちゃんの足下に這い寄って、ドレスの裾にすがって、わんわん泣いた。


「よかった、よかった、よかった……!! お嬢ちゃんが、おれのお嬢ちゃんが帰ってきた!! 最高だ、存在していて一番最高の日だ!!」


それを、お嬢ちゃんは見下ろして、それから戸惑いがちな表情でおれを見た後に、こう言った。


「あなたが、私の英雄さんなのね?」


「え?」


「わたしが、包丁になってから、ずっと、わたしのために、仕事を辞めさせてくれ、町から外に出してくれて、ここに連れてきてくれた、英雄さんですよね?」


「お嬢ちゃん、包丁になったって」


おれはそこで合点した。

おれとお嬢ちゃんは、人格というか魂というかが、あの衝撃で入れ替わっていたのだ。

なんでそうなったのかはわからないけど、きっとそう言う事が真実だったんだ。


「……恋人にも裏切られて、わたしなんてただの都合のいい財布だったっていわれて、浮気されて一方的に別れられて、あの時、わたしは生きていても、何も救われないって思って、あなたを使って死を選んだはずだったの。でも、気付いたらわたしの体を見ていて、自分じゃない誰かが、体を動かしているのを見ていたの。そして、あなたがわたしを刃物のように扱うからわたしは自分の体が、家にあったたった一本の刃物だった、包丁だって気がついたの。それから、ずっとあなたと一緒に、あなたがする事を見ていたの」


「うん、うん」


「あなたが、ずっと、わたしに体を返したいって思ってくれていて、わたしに出来なかった事を、わたしの体に、せめてさせてあげたいって思ってくれていた事も、そうあろうとしてくれた事も、みんな、見ていたし聞いていたの。それに、あなたの気持ちは、あなたが包丁を握るたびに、痛いくらい伝わってきていて」


「うん、うん……!!」


「それで、わたしは、これまで生きていたくないと思っていたのに……あなたが着飾って鏡に映ったら、虫のいい話だけど、戻らなくちゃって思って。きっとあなたが私を思った時と、わたしが戻りたいと思った時が重なったから、こうして奇跡が起きたのね」


お嬢ちゃんはにこりと笑った。おれが、見たいって思い続けてきたかわいい笑顔で、笑ってくれたから、おれはまた涙が出てきて収まらなくなった。


「うん、うん、うん……ああ、お嬢ちゃんだ。帰ってきてくれた」


「あの、申し訳ありませんが、どちらかでよろしいので、ご事情を説明していただけないでしょうか」


「もうすでに、ウォレン様は呼んでおります」


「イシュトバーン様は?」


「まだですが、ウォレン様が必要だと判断したら、ご一緒に来るかと思います」


おれ達が二人の世界を作っていたらしいが、それを外で見守っていた女の魔族の皆様に言われて、おれとお嬢ちゃんははっとした。


「そうですね、きちんとしたお話をしなければ」


「それと、あの、一つだけ」


女の魔族のおひとりが、おれを見てこう言った。


「そちらの方は、お召し物を身につけなければいけません」


丸裸ではまずいでしょう、といわれて、おれはここでようやく、自分が全裸だって事に気がついた。


「裸で誰かと会うのはまずいわな」


「ごめんなさい、感動しすぎて気付くのが遅れたわ」


お嬢ちゃんはそう言って、自分の着ていたマントをおれに掛けてくれた。


「寒くない? あなたはわたしをあなたの精一杯で気遣ってくれていたから、わたしもそうしたいの」


「ありがとう、あったかい」


おれはお嬢ちゃんに笑いかけて、そしてお嬢ちゃんもおれを見て笑った。


「あなたって、本物の英雄さんね」


「え?」


「英雄という存在は、奇跡を引き起こす運命を持っているの。あなたじゃなかったら、きっとわたしは、こうして、戻ってこなかったわ」


「おれ、そんなのどうだっていいさ。お嬢ちゃんに幸せになってもらう以外に、やりたい事なんてないんだから」


「まあ!」


お嬢ちゃんは頬を染めて、はにかんだ顔で、おれに笑いかけてくれたのだった。

その笑顔が、ずっと見たくて、それを浮かべられるようになってほしくて、おれはそれがやっと叶った、それがうれしくてうれしくて、涙がどうにも止まる気配を見せなかったのだった。

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