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名剣のち、包丁のち、オンナノコ。  作者: 家具付


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冷え切った手をこすりあわせて、暖めようとがんばってみたけれど、イシュトバーンの氷のような手はいっこうに暖まる気配がない。

なんでだ? 悪鬼ってそう言うところが違うのか?

こんなに冷え切っているなんて、絶対に体に悪いだろう。

そう思っていると、ぐつぐつとイシュトバーンが喉で笑った。


「そんなにがんばっても、俺の体は易々とは暖まらない」


「だって……あれ、両手がある」


おれは心配じゃないかと言い掛けた声が、途中で止まって、相手に両腕がちゃんとついているという事で、それしか言えなくなった。

それに対して、イシュトバーンは薄く笑ってみせた。枝きれのような姿でも、薄く笑ったとわかるのだから、イシュトバーンは表情が豊かって奴なんだろう。


「こっちに、一本残しておいたからな。ほれ」


目玉もあるぞ、とイシュトバーンは髪の毛を持ち上げた。

片方しかなかった目玉だったのに、もう片方の、無残にえぐり取られた有様の方の眼窩は、ふさがっていて、ちゃんと同じ色の目が動いた。

それを見て、おれは、一回だけ目を瞬かせた後に、うん、と答えた。声が何となく弾んでいるのがわかる。


「よかったなあ! ていうか、あんたくらいになれば、腕の一本や二本は、くっつけられるんだな! やっぱり魔族っていろいろ人間とは違うんだな、人間だったらとても無理だ」


「そうだろうな。人間は魔族よりも体が弱い事ばかりだ」


「目玉もあって、男前が増したな! うん、本当に良かった。おれが名前を呼べて良かった。こうしてあんたが手と目をもう一回、自分の物に出来たんだから」


おれは、この時、確かに嬉しいと思ったんだ。心の底から、この大悪鬼を自由にできて、良かったって。腕も目も元に戻って良かったと。


「……呼べて良かった? なんだその言い方は。お前は、俺の名前を誰かに聞いていたのか?」


イシュトバーンは不思議そうだ。確かに、ちょっと不思議に思うかもしれない。


「いいや、あんたが名乗ったのを、ずいぶんと前に、聞いた事があるんだ」


おれは単なる事実を答えた。本当だからだ。

大昔に、おれは全てを圧する名乗りを確かに聞いた。

それに対して、イシュトバーンは少し考えたようにいう。


「……ずいぶん、使い続けられた包丁だったんだな、お前は。俺が最後に名乗りを上げたのは、檻の中に入る前だぞ。それから、誰にも名乗った事がない」


「まー、おれも捨てられたり溶かされたり、いろいろ経験してんだ。……おい、あんたもうちょっとおれにくっつけよ。この体勢だと、あんたがくっついてくれないと、あっためられない」


「いいのかそれで……」


「あんたは、恩人の女の子の体を、好き勝手する、性根の腐った奴じゃないのは、もうわかってるからな」


絶対に、お嬢ちゃんの体にとって、ひどい事にはならないって言う確信があって、おれは断言した。

それを聞いて、イシュトバーンは真面目に言ってくる。


「相手を信じすぎるのも問題だぞ」


「あんたは信じてほしくないのか?」


「なかなか答えに困る問いかけだな」


「おれは信じたい奴を信じるし、守りたい奴を守る。もしもあんたがひどい事をするなら、それはおれの見込み違いで、おれの自己責任だ」


まあ、何かされる前に、抵抗はいっぱいするぜ、と言うと、なんだか納得したのか、イシュトバーンはまたぐつぐつ笑って、おれに両腕を伸ばした。

片方は檻にはいる前に切り落とされたから、屈強な見た目で、もう片方は檻の中に居続けたから、枯れ枝みたいだ。

のばして、抱えて、引き入れて、おれの頭に鼻をつっこんだイシュトバーンがぼそっと言う。


「お前、体を洗う石鹸で、頭も洗ったな」


「皆一緒じゃないのか?」


「……魔界では違うな。特に女の魔族は、髪の美しさにこだわる数の方が多いと聞いているから、髪のための艶がでる専用の物を使っているはずだ」


「……お嬢ちゃんは、石鹸も滅多に使えなかったから、知らなかった」


「じゃあ、覚えておくといいだろう。髪が荒れ放題だと、ろくな仕事にもつけないぞ。自分を整える事も出来ずに、仕事が出来るわけもないと言われがちだ」


「うん、ありがとうな。……イシュトバーンは髪の毛は、さらさらしてて、綺麗だな」


「手入れをろくにしないとな、俺の頭はとたんに強情になる。ウォレンに散々言われ続けてきたからな、気にしているんだ」


「ウォレンさんってすごいな」


おれが、イシュトバーン相手にもそうやって言えるってすごいな、とほめると、大悪鬼はうれしそうになった。


「すごいだろう、俺の親友は」


「親友なのか、部下とか配下じゃなくて?」


「国を興す前は単なる親友だった。国を興した時に、あいつは今の地位がいいとごねてごねて……こういう形になった」


「へー」


この国の王様が国を興した時に、イシュトバーンとウォレンさんは、めざましい活躍って物をして、立派な地位についたんだろう。

女の魔族が、ウォレンさんは城主に城の管理と維持と治安を任されているって言ってたし、ウォレンさんの地位はかなりの信頼がなければ成り立たない。


「二人とも、いっぱいがんばったんだなぁ……」


イシュトバーンの体はまだ冷たい。でも妙に、落ち着いて、また眠くなってくる。

どうしてだろうとか不思議だったが、まあ、今まで大悪鬼にくっつかれての野宿だったから、その慣れのためだろう。

おれは完全に寝る体勢になって、イシュトバーンの胸の辺りに頭を押しつけて、目を閉じた。






明くる日、おれは怒鳴り声で目が覚めた。というかそれまで熟睡できていた事に驚いた。

大悪鬼という完全に規格外の相手が、近くにいたせいで感覚でも鈍ったんだろうか。

とか思いながらも、おれは身を起こしたイシュトバーンが、ウォレンさんに思いっきり怒られるという現場を目の当たりにして、ちょっと混乱しそうだった。

イシュトバーンは寝台から上体を起こして、怒りのあまり顔の色が変わっているウォレンさんを見ているだけだし、ウォレンさんはふうふうと息を荒くしている。


「あなたって方は、あなたって方は……!! 手が早いのも考え物ですよ!! それも人間の女の子に、変な真似するんじゃありません!!! あちらとこちらでは貞操観念にも違いがあるんですよ!!」


「寒いからひっついて寝ただけで何でそんなに、怒ってんだ。何もよからぬ真似はしてないぜ」


「それのどこに安心しろって言うんですか!! とにかく!!! 今日はあなたとても忙しいんですからね!! あなたの帰還に気付いた者達が、あなたを一目見ようと、城下に押し寄せているんです! あなたの帰還のお披露目は、少し日をおいてと言う話でしたが、あまりの多さなので、急遽今日の昼にも一度行います!! 衣装合わせその他が待ってますからね!! 嫌だとは言わせませんから!」


「まー、そりゃ俺が帰ってくれば皆浮かれるだろ」


「浮かれるのは納得していただけるなら、ここでゆっくり二度寝を計画はしませんね?! しませんね!?」


「今諦めた」


「十分で自室にお戻りくださいね!!」


女性の部屋なので、私はこれ以上ここにいたくありません、と大声で言ったウォレンさんが、足早に出て行く。

それを布団の中で、イシュトバーンの陰から見ていたんで、つい聞いた。


「イシュトバーンってすごい人気者なんだな」


「当然だろ?」


自慢げな顔をしたイシュトバーンが、布団からでて大きく伸びをした。


「少しばかり、衣装合わせが面倒だけどな。皆俺をより立派に見せたいのさ。権力者なんてそんなものだろ」


「慕われてなかったら、そうならないだろ」


「そうだな。……さて、お前も紹介しなきゃなあ」


「なんで?」


「俺を檻から出したってのに、俺にいっさいの屈辱を与えず、俺を国に導いた恩人は、誰にだって自慢したいだろ? これが俺の恩人だ、すばらしいだろってな」


「人前にでられる衣装も何も持ってないぜ」


「それは急ぎ準備させるし、俺が選んでやるから間違いは起きないぜ」


おれはそれを信じて、とりあえず顔を洗うのはしなきゃな、と起きあがったのだった。


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