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「どこからどう眺めても、おれを入れていい部屋じゃないなこれは」


おれはゆっくりと東の間と言う特別待遇の部屋を歩き回った結果、そう言う結論に落ち着いてしまった。

いや、うん。まあ……豪華だ。そしていかにここに大事な相手を案内しているのかってのが、物とか間取りとかその他……ええい、言ってしまえ! 出入りする扉の前に常に控えている、女の魔族とか、あきらかにあれだろ、用事があったらこの魔族に言うんだろ? おれよくわかんないけど、なんか聞いた事ある気がすんだよ!

こういう場所に入れるのは、とびきり特別な客人だってな!

おれそんな特別なお客さん? ……あ、イシュトバーンの期間限定のご主人様だからか? 魔族って言うと、どうにも悪い印象の方が人間は多いんだが、魔族は契約とか約束を、人間よりも重んじる生き物達だ。

だからか? 仮だけどご主人様を、下手な部屋に入れられないから、こういういいところに入れてくれたのか!?

そう考えるとぎりぎり納得ができて、おれはちょっと落ち着いた。

そして、気持ちを切り替えた。

イシュトバーンが、約束を守っているだけだから、たぶんそのうち、おれはもっと自分の身の丈に見合ったところを、探せるようになるだろう。

そうしたら、ここを後にして、イシュトバーンや、ウォレンさんや、そのほかのお世話になった魔族の方々にお礼を言って、新生活を送るに違いない。

お嬢ちゃんの体にとって、何が大事なのか、おれはこの一休みの期間……ご飯と寝るところの心配も金の心配もないんだから、そうだろ? ……の間に、ちゃんと理解しなくてはならないってわけだ。

そう言うわけで、おれはふわあと欠伸をし、寝たいんだがさすがに、この部屋の寝台に、この埃と泥とその他諸々がこびりついた状態で入れるわけがないな、と思った。

しかし……水浴びの為のたらいとか、どこで用意してもらえるんだろう。そんな風に思って、おれは、一回しっかりと深呼吸をした後に、扉の外に待ってくれている、話を聞いてくれそうな魔族に声をかけた。


「すみません……あの、体をきれいにしたいんです、えっと、水浴びに使えるたらいとか、どこにあります?」


必死に敬語敬語、丁寧丁寧、と頭の中で繰り返したんだよ。おれに丁寧に喋る知恵はあまりない。必死にお嬢ちゃんの知識の中で、ぎりぎりこぼれていなかったしゃべり方を引っ張り出して、喋ってんだ。

かなりたどたどしいという自覚はあったが、外にいた女魔族はおれを見て、怪訝そうな顔になった。


「水浴びの為のたらい……ですか?」


「あ、はい。それと体を拭うぼろきれとか……」


「……まさかと思いますが、あなたはお風呂にも入った経験がないのですか?」


「お風呂……あれは特権階級の世界じゃないんですか」


だって、お嬢ちゃんの住んでいたぼろっちい貸し住宅に、風呂の設備は存在しなかった。トイレの脇に、ちょっとタイル張りの場所があって、そこでお嬢ちゃんは寒くても暑くても、水をたらいに入れて浴びていた。

そして、真冬になると、寒くてがちがちと歯をふるわせながら、お嬢ちゃんは

「お風呂なんて贅沢、もう出来ないわね……」

と独り言を言っていて、冷たい水で体をきれいにするたびに、お嬢ちゃんは具合を悪くしていた。お湯をためれば、と言う意見もあるだろう、でもあのぼろ貸し住宅で、火を使える場所は台所に一つだけ。

そしてお嬢ちゃんの手持ちの道具で、お湯を沸かせたのはスープを煮る為の鍋だけ。そしてそれだけで、お湯を使って体を清められるほど、さめる前にお湯を大量に沸かせるわけもなく、お嬢ちゃんは数回試して諦めていた。

そのつらそうな背中を、おれは何も出来ないで見るしかなかった。

おれを使えば、そう言う事しなくても、身綺麗にはなれるよって、あの頃ずっと言いたかった。でも、おれはお嬢ちゃんに自分から意志疎通は出来ない包丁で、お嬢ちゃんはおれに意思があるなんてかけらも考えてなかった。

だから、おれは、おれは。

お風呂という単語で、そんなやるせない、自分の力不足みたいな物を思いだしたおれは、ちょっとうつむいた。

そんなおれをどう見たんだろう。女の魔族はこう言った。


「この国では、自宅にお風呂を用意できないものでも、低価格で入れる公共浴場があるんですよ。だから、よっぽどの風呂嫌いでなければ、数日に一回は入れるんです。それに、あなたはウォレン様も認めた東の間のお客様なのですから、お風呂を自分の入りたい時に、入れるんですよ」


言われたおれは、魔界と人間界って、いろいろ違うんだなとか思った後に、もう一回聞いてみた。


「あの、お風呂の入り方を教えてくれませんか……」


「はい」


……きっと誰しも簡単に入れるお風呂って物に、入れなかったおれは人間の世界で、相当に貧しい苦しい暮らしをしてきたって、思われたんだろう。

最初俺を見ていた時の、冷たい目線は、今少し和らいでいた。

なんか、同情したような感じで。

しかし、それをおれは気にしない事にした。いや、一から誰にでも説明するの難しいだろ、元々包丁で、体の持ち主が自殺未遂をした時に体の中に入り込んじゃってるとか。

よくまあこの説明で、イシュトバーンが納得したものだって、思っちゃうくらいに荒唐無稽な部分のある話が、おれの問題の始まりなんだから。

言わなくても、問題のない事なら、大騒ぎになったりしないように、言わないでおく。

おれが考えた処世術の一つだった。






東の間には、個室のお風呂があった。いや、たっぷりのお湯という未知に等しい物を前に、おれはこれをどうするんだとか考えたけど、ぎりぎり理解できる石鹸とかがあったから、それでわっしわっしと頭や顔や体を洗って、泡を手桶で風呂桶からすくって流して、最後に、緊張しながら風呂桶に入ってみた。


「ふわああああ……」


体が溶けちゃいそうなくらいに気持ちがいい。ある程度の身綺麗さを求める文化で、お湯をためてつかるっていう行動が、贅沢の極みって言われるのは、この気持ちよさも大きいに違いない。

おれはしばらくお湯に使って、なんだか体が一気に軽くなって、さて、とお湯からあがって、着ていた衣類を探したんだけど、それはどこにもなかった。

その代わりに、なんだか手触りが柔らかくてふわふわしていて、つるつるしているきれいでゆったりした服とか、下着が置かれていたら、これを着てほしいって事なんだなと勝手に解釈して、それを着て、東の間の寝台のある空間に戻った。

お夕飯はまだだけど、あんなにたくさん軽食を食べたから、お腹は空いていないので、おれはもう一回、扉の外にいてくれた女の魔族に、


「すみません、疲れてしまったので、もう寝ます、ご飯は、いらないです、用意してくれていたらすみません」


とちゃんと伝えて、寝台に入ったのだった。

入って文化の違いって物に戦慄しそうになった。お嬢ちゃんが使っていた寝台って、ただの板じゃんって想うくらいに、寝心地がいいものだったからだ。

程良く体が沈んで、ちょうどよくふわふわしていて、すごい。

ここ本当に、特別なお客様専用の部屋だ、こんなすごい寝台なんだから、それだけの価値のあるお客さんしか入れないに決まっている。


「……期間限定が終わったら、ちゃんと、もっと普通のところ用意してもらって……新しい仕事と、すみか見つけて……ここになれる前に、移動出来ればいいんだけどなぁ……」


イシュトバーン、おれでも出来そうな仕事、紹介してくれやしないだろうか。期間限定のご主人様の最後のお願いって事で、聞いてくれないだろうか。

あの大悪鬼、あれで結構面倒見良さそうなところあるから、考えてくれる気もするんだよな……とか頭の中がごちゃごちゃしたものの、おれは眠りについたのだった。

……眠りについたんだか、それとも意識が飛んだのか、全く分からなかったんだけど、おれはふいに出入り口の方がうるさくなったから、目が覚めた。

普通はそんなに気になる音じゃなかっただろう。

でも、しばらく野宿で、ちょっとした物音に警戒しなくちゃいけなかったから、目が覚めてしまったのだ。慣れのために。


「……なんだぁ?」


出入り口の扉の方で、誰かが入る入らないともめているらしかった。誰だろう。

ウォレンさんが、具合が悪いのかもって、様子を見に来たのか、はたまたイシュトバーンが、食事をしろと呼びにきたのか。

イシュトバーンには前に似たような事をやられている。

お嬢ちゃんの魂がどこにもないっていう事で、落ち込んで、半分に分けた携帯飯すらろくに口に入れなかったおれに、無理矢理それをつっこみ、強引に食べさせたっていう事が。


「食わない方が気持ちが落ち込む。生き物は空腹だと感情が後ろ向きになると決まっている」


そう断言して、おれがどんなに抵抗しても、飲み込ませたんだ。

あれ絶対にむちゃくちゃだったけど、あれやられなかったら、たぶん道中で倒れてたよな、と思うので、後から文句を言えない事の一つだ。

どっちでもいいけど、顔を見せた方がいいかな。

おれは欠伸をしつつ、扉の方に近付いて、声がよく聞こえたから、少しだけ様子をうかがうために動きを止めた。


「入れてくれよ」


「このような時間に、人間とはいえども女性の方が眠っている場所に、入れられるわけがありません。ウォレン様に聞いてください」


「俺を、ウォレンが止められるわけもないぜ」


「ウォレン様は、ここの城主から管理と維持、治安を任されている特別なお方です。そのような口のききかたはおやめなさい」


「あいつに敬語? はたまた冗談だろ」


声はイシュトバーンの物だ。でも、扉の外の……交代したのかな、寝る前にいてくれた女の魔族と、止めている声は違うものだった。

ちょっと状況が読めないから、聞いてみるか。

おれはそう思って、扉を少し開けた。


「起きてるじゃねえか」


「あなたがうるさくして起こしたのでしょう。お客様、ご不快な思いをさせて申し訳ありません、すぐに追い払いますから……」


「イシュトバーン、寒いのか?」


起きてるなら別に問題ないだろう、と言いたそうなイシュトバーンと、申し訳なさそうな顔の見知らない女の魔族。おれは二人を交互に見た後に、イシュトバーンにそう言った。

女の魔族は、息を飲んで言葉を失っている。

……まさかこの距離でも、イシュトバーンが、大悪鬼だって気付かないでいるのか。鈍感すぎやしないだろうか。

まあ、イシュトバーンが、驚かせないように、気配を調節してる可能性も否定できないから、責めるのは違うんだろうな……

そう考えつつ、おれは問いかけた後に見下ろしたままの状態の大悪鬼の返事を待った。


「寒いな」


「道中ゆたんぽみたいに抱え込んでた奴がいなくなって、とたんに寒くて寝れなくなったんだろ。ここ結構夜は冷え込んできてるもんな。誰かにちょうどいいゆたんぽ頼むの、面倒になったとかか? しょうがないなぁ。入れよ」


イシュトバーンは、身なりを整えてた。ぼろ布の服から、一般的なシャツとゆるいズボンになっただけでも相当に進化している。

でも、寒さが堪えそうな枝きれみたいな見た目は変わらないから、相当に寒いんだろうな、と勝手に思ったんだ。

おれの言葉をイシュトバーンは否定しないから、きっとそうなんだろう。

じゃあ、入れてやるしかない。おれは、ここまで連れてきてくれた、約束を守ってくれる相手に対して、無視とかは出来ない。

入れよ、と促して、イシュトバーンが入れる程度に扉の隙間を広げると、イシュトバーンはにやっとした。 


「これでウォレンに怒られるのは、俺だけじゃなくなったぜ」


「寒いから暖かい場所探すって、猫みたいだな、イシュトバーンは。鬼って猫みたいなところあるのか?」


「それは聞いた事がないから知らない」


「ふうん。って、あんたあんなにあったかい手だったのに、どこをどうすればこんな氷みたいな冷たさになるんだよ!? 速く布団入って暖まらなきゃ、体の芯まで凍るだろ!!」


「だから暖めてくれよ、期間限定のご主人様」


「ご主人様とかそう言うの置いておいて! お嬢ちゃんだって冷えは大敵だったのに!」


おれはイシュトバーンの片手を引っ張って、室内に引っ張り込み、そのまま有無をいわさずに、布団の方に押しやった。

外の女の魔族には、一応言っておく。


「ごめんなさい、大丈夫です。うるさくしてごめんなさい」


「……いしゅとばーんさま……?」


女の魔族は、訳が分からないって声で何かぶつぶつ言っていたけれど、まあたぶん大丈夫。

だからおれは、勝手気ままに布団に潜り込んで、いかにも部屋の主みたいな態度で、おれも布団の中に引っ張り込んだイシュトバーンの方に、意識が集中したのだった。


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