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名剣のち、包丁のち、オンナノコ。  作者: 家具付


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料理長の誤算

とある王国で、その名を知らない有力者や権力者、そして資産家はいないとされていた高級料理店は現在、ひどい有様になっていた。


「どうして料理人達が来た時点で、厨房の火の状態すら完璧じゃないんだ!!」


相当な大きさの怒鳴り声が響いており、今まで火の世話などを請け負っていた、下働きよりは格が上の見習いが、身をすくませた。


「すみません、最近薪の品質があまり良くなくて……焚き付けがうまく行かないんです!!」


「お前はそうならどうして、出入りの商人から、もっと品質のいい薪を調達しようとしないんだ!! 朝一番に商人がご用聞きにくるだろう!!」


「それは、その……」


見習いはもごもごと口を動かしたが、事実なので反論のしようがない。

ご用聞きの商人が来るよりも、自分の来る時間が遅いのだとは、口が裂けても言えないのだ。

料理長はここのところ、常に激怒していた。何日もの間、朝出勤してきた時に、まともに竈や厨房の火が使えない状態だからだ。

火が使えなければ、料理の大半を行う事はできない。つまり開店準備もできない。理解できるだろうが、火は料理において要の一つだ。

だというのに、ここのところ、火の面倒を惜しまず見続けてきたと、評価していた見習いは仕事を怠けてばかりなのである。

このために、料理長が直々に火をつける……なんて事にはならない。

厨房の仕事には明確な階級の差があり、火をつけたり準備をしたりするのは、料理長がやっていい格の仕事ではないと、されているのだ。やれば舐められるとさえ言われる世界だ。

煤や泥などに汚れる仕事の大半は、下働きや見習いが、経験のために行うとされ、それらのたゆまぬ努力を認めてもらう事で、一つずつ階段を上がるように、仕事の内容が格が上の物に変わっていくのである。

料理長はいらだちのあまり、この見習いを蹴り飛ばそうとしたのだが、前まではきちんと仕事をしていた、働き者であった事を考慮し、げんこつ一つで済ませる事にした。

げんこつを落とす事は、料理人達の間では大した事とも言われないが、手を痛める行動はよろしくないとされ、身を持って思い知らせる場合には、手よりも足を使うとされていた。

つまり手を使うと言う事だけで、かなり加減されていると言う事実を意味していたのだ。

げんこつを落とされた見習いは、泣きべそをかきながら、火を何とか起こす。薪が悪いのか手際が悪いのか、火を起こすのに半時間近くかかっている。

これだけで、開店時間に大きな差し障りがでるのは間違いない。火をおこしてすぐに、調理が出来るわけではないのだ。

火を起こした後に、高温になるまで様子を見て、灰の具合を確かめて、より素早く温度が上がるように、ふいごなどを使ったりして……と、火の面倒はいくつも存在しているのだ。

料理長はいらだちながらも、次にパン種を確認した。

高級料理店と言う店であっても、パンを重要視する貴族や資産家、有力者はとても多い。

白く美しく、ふわふわと柔らかいパンは、それを口にする人間の栄華と資産を象徴するものともされており、庶民でも臨時収入があった時に、迷わず購入する物の第一位として、白く柔らかなパンはあげられるのだ。

ある意味肉よりも、重視される存在である。

場合によっては、肉より高い最高級品扱いのパンもあるのだ。

そして見た目がよい事だけではなく、味がよい事も、白いパンには求められるわけで、この高級料理店でも、最上質の混ざりけなど一つもない、小麦の粒の内側の一番柔らかく、細かく砕かれる部分をより分けた小麦粉を使用する事を、うたい文句としている。

パンの質が落ちたならば、その料理店の質も下がっている……と認識される話も多く聞くほど重視されている物なのだ、パンと言う物は。

そのため、料理長は朝、栄養を与えられているだろうパン種の確認は怠らない。

そして今までは、パンやペイストリーを作る担当の若手が、朝早くから来てせっせと栄養を与え、状態を確認し、必要であれば竈の近くの暖かいところで状態を整え……と、入念な世話を行い、パン種は白いパンを作るのに最適な状態で、準備されていたのだ。

パンの評判も、この店はとても高かったのである。

だが。


「お前!! ふざけるんじゃない!! 過発酵を起こしているじゃないか!!」


再び料理長は激怒した。過発酵したパン種で焼いたパンは、過剰に酸味があり、匂いも腐敗臭に似たものを漂わせる。

つまり、上等の白いパンを焼く種としてふさわしくないのだ。

料理長の目の前にあったのは、あきらかに過発酵を起こし、ぶくぶくと異常に泡を立てるパン種で、これで激怒しない料理長ではない。


「昨日、世話を怠ったな!!」


「そんなはずはありません! ちゃんと栄養を足して」


「温度の加減はどうしたんだ! 毎日の室温で、パン種の状況は一変するだろう!!」


「そんなの……」


再び、料理長はパンとペイストリー担当の若手に対しても、げんこつをふるった。


「お前達!! 最近何もかもがたるんでいる!! 火も起こせない、パン種の面倒も見られない、さらに出入りの商人から購入する野菜も腐りかけが混じっている!! 一体何を考えているんだ!!」


料理長は激怒のあまり顔が真っ赤になっている。ここしばらく、料理人達はこんな調子なのだ。あまりにもたるんでいる。あまりにも……ずさんだ。

こんな事になるのはどうしてだ。これまで目をかけてきた料理人達が、無能だとは考えたくない。


「おいお前!」


「ひいっ……!!」


さらに料理長は、カトラリー一式を洗う為の下働きを怒鳴りつけた。


「ここ数日、道具や食器の手入れを、ないがしろにしていたな!! 銀の食器に曇りがあるのは、この界隈では禁忌だ!! 銀食器をすべて洗い直し、鏡のような姿になるまで磨き上げろ!! 今まではやっていたじゃないか!」


「だって、強い薬剤を使うから手がぼろぼろで……」


下働きは小さな声で反論した。下働きの指は、強い洗剤で荒れた状態になっている。


「それがお前の仕事だと、最初から言っていただろう! 今までは迷わないでやっていた事を、どうして出来ないんだ!!」


料理長の剣幕に、下働きは目に涙を浮かべて震える。厨房で料理長の言葉は絶対なのだ。

そして、下働きにも、言えない事実かあるのだ。

役立たずの怠け者と言い続けていた少女に、全部押し付けて、自分は棚にしまうことしかしていないなど、白状できるわけもない。

そして、料理長の言う事はある方面で言えば正しいので、表だって反論する人間は、ここには現れない。


「全く。全員急げ!! オーナーからも、最近の開店時間がどんどん遅れていると店長が注意を受けたばかりだからな!」


料理長は号令をかける。そして、かなりの人数の料理人と下働き達が、涙目になりながら、仕事を進めるのであった。

だが、ここまで問題が起きていても、料理長の頭の中に、喧嘩を売る調子で出て行った、役立たずの下働きがいた事など、全く存在していないのであった。




料理長は知らない。徐々に店の評判が落ちている事で、売り上げが減っていき、オーナーが人を雇い秘密裏に、店を訪れて品質の確認を行っている事など。

客の前にでる事のない料理長は、知る由もないのだ……。

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