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ウォレンは後ろを歩いていた己の主が、執務室に入ってきた事で振り返った。


「ずいぶんとまあ、様変わりしましたね」


「まあな」


ウォレンの知る我が主は、こんな枝切れのような姿をしてはいない。

記憶の中の姿と決定的に異なりながらも、ウォレンはよく知った魔力の気配のみで、この枝切れの低級な魔物のような有様になっている、主を見いだす事が出来ていた。

他の者達は、おそらく、この城でもけた違いの力を有する存在が帰還した事に、気付きもしていないだろう。

我が主がそう仕向けているとは知りながらも、ウォレンは気付かない同胞達にもの申したくなってくる。

気付かないとは何事だ、と。

国の防衛を担う、探知能力に長けた魔族達も、イシュトバーンが国に戻ってきた事までは探知出来ても、それ以上の事は出来なかった。

それだけ、イシュトバーンが漂わせる気配の大部分が、弱々しく感じ取れるように、いじられているからでもある。

他でもない、イシュトバーンの手によって。


「イシュトバーン。あなたは数百年もの長い間、この城を不在にして、何をたくらんでいたんです?」


「たくらむとはひどい言い方だな」


「あなたはまったく、そうじゃありませんか。たくらんで、結果が出た事でたくらんでいたと周囲が気付く」


「そんな腹の黒い真似を、しているつもりはないんだけどな」


「よくそんな事が言えますね。あの当時も、あなたのたくらんだ事が我々の間で知られた時に、騒ぎになりましたが。渦中のあなたは檻の中。苦情は私に回ってきて、大変に迷惑していましたよ」


「結果論だろうそんな物は」


言いつつイシュトバーンは、執務室を見回し、ある一点に目を留め、にやりと笑った。


「ちゃんと取っておいたんだな。上等だ」


「……あなたの一部を、どうして捨てるという選択肢が、出てくると思うんです」


「いや、邪魔だろ、思っている以上に」


イシュトバーンのふざけた口調に、ウォレンは呆れた声で言う。


「腕と片目だけをここに戻して、この数百年問題が起きないように、執務を行っていた大悪鬼が何を言うんです」


「って事は、俺の想像通り、片目も片腕も機能してたって事だな」


自慢げな口調に、ウォレンはじっとりとした目を向けた。そうだ。この大悪鬼の言っている事は事実で、大悪鬼イシュトバーンは他の魔族が想像もしないだろう事を、いともたやすく行っていたのだ。

それが、片腕と片目を国内に置き、執務を行わせるという荒技である。

膨大な魔力を消費すると、簡単に想像の付く事を行ってしまった大悪鬼は、魔力操作も相当に器用なのだろう。

ウォレンにはとても真似が出来ない事だ。元々この大悪鬼は、他の魔族が真似できないような離れ業を平気な顔でやってしまうので、何とも言い難い部分はあったが。

ウォレンが見ている間にも、イシュトバーンはけらけらと陽気に笑いつつ、執務室の机に置かれていた片腕を手に取った。

今の、枝切れや棒きれのような姿のイシュトバーンとは違い、筋骨たくましい全盛期の姿のままの腕だ。


「さて、くっつけるぜ」


「数百年も分離していた腕が、果たしてくっついてくれますかね」


「くっつくだろう、俺の腕だ」


その自信はいったいどこからやってくるのか。と言いたくなるような自信たっぷりの、間違いなど起きないと言う調子の言い方に、ウォレンはそれを見守る姿勢をとるほかなかった。

何も気負わない調子で、イシュトバーンが切り落とされた自分の腕があった場所に、明らかに切断面の大きさが合わないだろう、腕を押しつける。

その瞬間に起きた何かを、ウォレンはうまく言葉として表せないでいた。


「……!!」


その瞬間に、城、いいや、首都、それとも国全体にか? 誰もが膝をつきひれ伏し、平伏したくなるような、圧倒的な強者の気配と濃い魔力が、イシュトバーンから、まるで抑え込まれていたように解き放たれたのだ。

それを間近で浴びたウォレンは、何かを考える間もなく膝をつき頭を垂れた。それしか出来なかったのだ。

おそらくその何か、圧倒する物は、辺り一帯に広まっただろう。

そして……数百年の不在だった、イシュトバーンの帰還を、有無も言わせずに明らかにしたに違いなかった。

腕だけで、これだけの力を発するのだ。ではえぐられた片方の瞳が戻ったら?

ウォレンでなくともそんな疑問は覚えただろう。そして、周囲のそんな気分など頓着せずに、イシュトバーンは机に置かれていた己の片方の眼球を、簡単な事と言う調子で、えぐられた顔の中に戻したのだ。

圧倒する何かの第二波が周囲にすさまじい速度で広がり、ウォレンはその圧で涙が勝手にこぼれだしていた。

これが、我らが頂く存在の力なのだ。

数百年の不在だったとしても、人間の世界の檻に閉じこめられていた事など、どうでもいいと思うほどの、圧倒的な力。

それの復活を目の前で見せられた幸運な配下は、ただ、涙をこぼし、気配や圧が落ち着くまで、膝をついて頭を垂れて、何もする事が出来なかった。


「こっちにほとんどの力を移してて正解だったな」


そんな事を国中の民に感じさせていると言うのに、イシュトバーンの声は軽い物だった。


「……腕に、あなたの力の大部分をしまい込んでいたんですか」


「そりゃそうだろ? 人間の世界で力の大部分を持ったまま、檻の中なんかに、いられるかよ。二日で檻の中に飽きて、檻を吹っ飛ばして町も半壊させて、出てきてたぜ」


「どうしてそうなさらなかったのですか? わざわざ人間の元に大人しくいる事など」


ウォレンからすれば解せない話で、しかしイシュトバーンには目的があった様子である。


「一体何を考えての事です?」


「大魔王様直々の、ご命令ってのがあったのさ」


「数百年も使うような物だったのですか」


「そうだな、結局それだけの時間がかかった」


にやり、とまたイシュトバーンが不敵な笑みを浮かべる。


「目的が達成されたから、お戻りになられたのですか?」


「半分な。後は少し調べる必要がある」


「……では、大魔王様のご命令の中身を、お聞きしても問題はありませんか」


腹心の部下の言葉に、大悪鬼は頷いた。


「ああ。大魔王様のご命令は二つ。賢者をこちら側に引き入れる事。そして……」


こっちの方がでかいんだが、と前置きし、イシュトバーンは告げた。


「大魔王様を殺す事が出来る、人間界唯一の武器、神代の剣の捜索確保もしくは、破壊だ」


ウォレンはそれを聞き、息を飲んだのだった。





イシュトバーンが大暴れをしていたあの当時、人間界のあらがう者達は、この世界の創造神とも呼ばれている存在達に、祈り、力を貸してくれるように懇願し、創造の四神は、一振りの剣を人間達に与えたと記録がある。

それが神代の剣という、いにしえの時代に取り尽くされた金属を使用し、四神が手ずから鍛え上げた名剣だ。記録によって誤差はあり、聖剣と言われる事も、神剣と表記される事もあるそれは、神から、唯一大魔王の魂が復活しないように、とどめを刺す事が出来る剣として、人間に与えられた至宝だった。

当然、それをふるう英雄になりたいと誰もが熱望し、野心をたぎらせて挑んだものの、その至宝が選び取ったのは、どこにでも転がっているような、だが若干力が強く、がさつな猟師の青年だった。

剣術など何一つ知らないだろう青年は、しかし、確かに神代の剣に選ばれた存在であり、卓越した剣さばきを身につけ、あまたの名のある魔族を討ち取り、勇者として選び抜かれた大国の王子や、聖女賢者と言った術の才能にあふれた女性達とともに、徐々に魔界に近付いていたのだ。

しかしそれが一変したのは、とある町に、予測不能な速度で襲撃したイシュトバーンの率いる軍勢が現れたからで、あとは人間の世界でも有名な英雄譚の筆頭だろう。

大悪鬼は気まぐれに、そして人間を見下していた事もあって、おもちゃをいたぶるように、勇者達の中でももっとも強い人間と、自分が一騎打ちしてすべてを決定させようと持ちかけたのだと、人間の世界では言われている。

魔界の側では、何故イシュトバーンが一騎打ちを申し出たのか、全くわからない気まぐれとされているが、実際に一騎打ちは行われ、イシュトバーンは片腕を切り落とされ檻に入れられて、その際に片目をえぐり取り、敗北したと言う事になったのだ。

だがその一騎打ちに使用された後、神代の剣は、行方がようとしてしれなくなったのだ。

その使い手であった、猟師の青年も同時期に。

人間界では、ずいぶんな捜索がかけられたとも聞くが、大魔王が人間との戦いに飽き、国境線をもうけることで、いらぬ争いを行わないようにすると言う舵取りを行った事もあり、大魔王を討つ必要のなくなった事から、神代の剣の捜索も、その使い手の捜索もなおざりになって消滅したと、ウォレンは、人間界に潜めさせていた部下の報告から、聞いていた。

……実際はもっとどろどろとした話で、真実は勇者達が、剣士を疎んじてだまし討ちにしたのだ。

自分達の名声が、剣士一人に集中する事で、自分達への賞賛が失われる事を懸念した結末だ。

そしてそう言った感情などかけらもなく、愛する賢者の少女を守りきりたいという思いだけで、大悪鬼との一騎打ちに挑んだ、馬鹿で正直で素直な剣士を、排除する事を選んだのだ。

その際に、剣士が使う剣は神代の剣などではない、と言う思いこみをしたのか、それとも名声のためならば神代の剣もいらぬと考えたのか、剣士は武器を盗まれ、それを探すさなかに殺された。

……結果、人間達は、その当時は気付かぬうちに、魔界への切り札となる二つの存在を失い、今に至っているのだ。



そして今現在、人間達は必死になって、神代の剣を捜索している。

というのも、四神に、大魔王に太刀打ちする為の武器を再び求めた人間達は、神から

「与えた剣はどうしたのだ。神の力を宿す事が出来るのは、あの剣一振りという約定の元与えたのだから」

という返答を神託によって与えられ、発狂しそうになりながら探し回っているのだ。

当時の記録をどれだけ探し回っても、剣士の記録自体をほぼ処分し、男の剣士などいなかった事にしている人間達が、神代の剣を発見できるかというと難しい話だ。

しかし、神代の剣の所在は今、魔界にとっても無視は出来ない事であり、他の三国の魔王達も、そろそろ捜索のために部下達を派遣するなどと言う噂もある。

最近になって、他の三国は動き出したというのに、我らの大悪鬼は数百年前から行動していただと。

ウォレンは自分の主の考えが、全く読めなかった。

一体いつから、この主は、それの為に動いていたのだ。


「目的が果たされたという事は、神代の剣もしくは、賢者の確保がかなったと言う事ですか?」


「叶った。さんざっぱら、あの剣の気配をたどってわかったのは、あの剣が人間の手でどうにかされたって事だ」


「なんと」


「どこで何をされたかは、さすがに感知出来なかったがな。あの剣の気配が、ある時きれいにぶっつり消え失せた。それが示すのは、神代の剣が暴力で破壊されたのではないだろう事で、確実に別物に変質したっていう事だ。つまり大魔王様の命でもっとも重要視するべき、神代の剣の破壊もしくは確保、はここで条件が満たされた。そして」


大悪鬼はにやにやと人の悪い笑顔を浮かべた。この悪鬼はよく、そういういたずら小僧に似た笑顔を浮かべるのだ。


「俺がつれてきた、あの子」


「人間の匂いが薄い彼女ですか?」


「ああ。あの子は……」


一拍置き、大悪鬼は腹心の部下に告げた。


「あの子は、この世で唯一、賢者を継承しうる可能性を秘めた子だ」


今度こそ、ウォレンは理解しきれなくなっていた。

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