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そもそもの始まりは、血の匂いがした。

見切り発車て行かせてもらいます!! 冒頭から血なまぐさいです!!ご注意ください!!

作中の行動を推奨はしておりません!!

その日、家主のお嬢ちゃんはとても浮かれた顔をして、とびっきりめかしこんで、化粧も髪型もとびきりきれいに作って、はねるような足取りで、借りている部屋を出て行ったのだ。

だからおれは、ついに、というか、とうとう、というか、家主が数年つきあっている恋人と、新たな人生の階段を上るんだろうな、と勝手に解釈していた。有り体に言えば結婚の話をするんだろうと。

思えば家主は、料理をしながら独り言を言うのが好きで、芋の皮をむいたり野菜を切ったり、肉をさばいたりしながら、


「あの人がこんなに格好いい」


だとか


「あんなにすてきな人と恋人になれるなんて、私の人生で一番の幸運だわ」


とか言って、その恋人と出かけたりして帰ってきてからは、心底うれしいし楽しいし夢みたい、と幸せそうに料理をしていたのだ。

その幸せそうな気持ちは間違いなく本物で、そんな独り言が聞こえるたびに、おれも幸せな気持ちになった。家主の幸せは、こっちにも影響が出るわけだ。

そのため、こっちとしては、その恋人の好きな料理の味を研究している家主を見守り、仕事でつらい目にあっても、恋人の事を考えて踏ん張っている家主に心から激励を送り、日々を過ごしてきていたのである。

家主は一途で頑張りやで、自分の間違っている事を直すっていう態度を、ちゃんととれる頭のいい女の子なのだ。

そんな女の子の幸せを願わないなんて、こっちに出来るわけもなくて、このお嬢ちゃんが幸せになるのが一番だ、と言葉を交わせないけれども、見守り続けてきたのだ。

それ故に今日、人生で一番きれいな自分になってほしいと言われた、と浮かれまくった顔で、数日前からデートの為に着る服を悩みまくっていたお嬢ちゃんが、とびきりの美人さんになって出かけていったから、おれは心の底から、頑張ってこい!! そう応援していたのだ。


……応援、してたんだ。


なのにどうしてこうなった。何が起きてこんな事になっちまっているんだ。

おれは辺りを見回した。飛び散った血液は、それがいかに勢いよく吹き出したのかを示し、天井まで血の跡が残り、あれを落とすのって大変なんだろうなとどこか他人事のように考え、それから、その事を行った自分の手……というかお嬢ちゃんの手を眺めた。

お嬢ちゃんの手に握られているのは、さっきまでおれの器だった、よく手入れしてもらっていたから、危険なほど研ぎ澄まされていた、包丁で。

でもそれも、お嬢ちゃんが思い切り自分の首を切ったからべったりと赤く染まっていて。

本当なら即死の失血で、気付けばおれは、お嬢ちゃんの体の中にどういう仕組みか入り込んでいて、もう何がどうしてこうなってそうなったのか、一切合切わからない。

お嬢ちゃんの着ていた洋服は、今日という日を最高の日にするために、とびきり奮発した、いいお洋服で、しかしそれもお嬢ちゃんの真っ赤な血液で、染み抜きしたって着られないほど赤く染まり、床も結構な範囲が真っ赤で、こうなるに至る経緯が全くわからないおれには、心底わけがわからんとしか言いようのない状況なのだ。



お嬢ちゃんは、今日は初めて恋人と一晩をともに過ごす予定だったと、おれはお嬢ちゃんの独り言から知っていた。キスもまだだから、いよいよかも、とお嬢ちゃんは浮かれていたのだ。

支度されない夕飯の下拵えや、その他からも、おれはそれを読みとっていた。

だが、お嬢ちゃんは夕方の時間に、一人帰ってきたのだ。

ただ帰ってきたんだったら、恋人に急用でも入って、デートが早く終わったんだな、程度の認識でいられたのだ。

だと言うのに、お嬢ちゃんは一人扉を開けて、ふらふらと玄関の中に座り込み、ぼうっと天井を眺めて、しばらくその状態になっていた。

何があったんだと、包丁差しから見ていたおれは、そのお嬢ちゃんが、恋人との逢瀬の後の楽しい雰囲気とか、浮かれた雰囲気とか、そんなものが一切感じ取れないっていう事実だけは読みとれた。

なんだ、恋人と喧嘩したのか? 若いうちは誰だって衝突を繰り返すよなあ、はやく立ち直って、話し合いでもしろよ、と勝手に考えていたというのに、お嬢ちゃんはぼうっとして……それから、どろりと濁った目をこっちに向けて、それから。

ふらふらとおれに近付いて、ちょっとまて、何があった、早まってんのか、と大いに焦るおれの柄をふるえた手で握りしめて。


「もういや」


と、小さな声で、心の底から出てくる声で言って、迷いもしないような勢いで、自分の喉を切ったのだ。

その瞬間に、お嬢ちゃんはぐらりと倒れて、おれを握りしめたまま床に体が打ち付けられて、おれの意識も数秒真っ暗になったと思うと、もう、おれはお嬢ちゃんの体の中にいて、お嬢ちゃんの体を自分のもののように動かしていた。


「……」


かなり深く喉を切ったのだ。即死以外に未来など無かっただろう。普通の包丁だったなら。

だがおれという、曰く付きというか、歴史の長いというか、訳ありというか、そんな包丁だったから、大混乱していても、おれがとっさにかけたらしい、即死を回避する術が効力を発揮した結果、お嬢ちゃんの体が即死する事は免れた。

それでも結構な血が出たから、おれは一体いつぶりになるのかも、もう覚えていないくらいに久しぶりに、止血の術を喉に使用して、失血でかなりふらふらする頭で、状況を整理しようとしていたのであった。

だが、状況を整理など出来なかった。何しろ情報がとても少ないのだ。

おれは包丁で、外を出歩くわけもなくて、お嬢ちゃんの独り言でしか世界を知る事が出来ない身の上だった。

だから、どうして、お嬢ちゃんがあんなに浮かれて出て行ったのに、こうして自殺を選ぶほど心をおかしくして、帰宅したのかわからない。

……恋人と別れ話でもしたのだろうか。でも、だからって、こんなにあっさり自殺を選ぶものだろうか。

何かあるのだという事はわかっても、大事な部分はまるで見当がつかない。

恋人にだまされていたのか。それとも結婚詐欺師という奴だったのか。他に女でも恋人にいたのか。

可能性はいくらでもあるが、どれが真実になるのか、まったく、まっったく、おれはわからなかったのであった。

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