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黒城に叫ぶ 8

 松本藩主、水野忠直は参勤交代で江戸におり不在であった。

 藩主不在の松本藩を取り締まるは、城代家老の鈴木主馬である。

 騒動の報に接した鈴木主馬は、本丸御殿に家老、郡奉行、組手代など、藩役人を急ぎ集めた。


「百姓風情で徒党を組むとはけしからん」


「越訴は重罪である。それにこの騒動の頭取はあの加助というではないか。これで何度目か」


「三度目でございます。しかし此度は人が多すぎる」


「お前のところの組はどうなっているのだ」


「だから私は増税に反対だったのだ」


「とはいうものの、藩の出費を鑑みれば……」


 集まった役人たちは、思い思いのことを口にしておりその場は騒然とした雰囲気に包まれていた。

 よほど慌ててきたのだろう。鬢や衣服が乱れている者が散見され、なかには裃さえつけていない者も見受けられた。どの顔も蒼白であり、松本藩始まって以来前例のないこの異様な状況にどうしてよいかわからないといった表情である。

 

「百姓の訴願をお持ちいたしました」


 目付の岡島権平が急いで駆け入ってくるなり片手に持った訴状を振りながら言った。


「して、百姓たちは何と」


 上座で険しい顔の鈴木主馬が、あごに蓄えた白いひげをせわしなく撫でながら言う。

 突っ立ったままぱさりとそれを広げると、言われるままに岡島権平は全文を読み上げた。

 

「第一に踏み磨きの免除か。この騒動は六年前の続きである、と言いたいのであろう」


 鈴木主馬は深い溜息をついた。


「確かに、一番重要と思われる二斗五升への減免が第二に書かれているのは、いささか不自然な気がいたします。六年前の続き、とは何のことでございましょうか」


 最近になって父の跡を継いだと思われる若い武士が、恐れながらもといった面持ちで尋ねた。


「うむ」


 鈴木主馬は、その若い役人にぽつりぽつりと語り始めた。


 延宝二年(1674)は、大不作の年であり米の価格が上昇した。

 自然と藩に務める武士たちの給料も上げねばならず、そこで少しでも年貢を増やそうと踏み磨きを百姓らに命じた。踏み磨きをさせることで籾についている不要な部分を取り除かせ、一俵あたりに入れる籾の割合を少しでも増やそうとしたのである。

 百姓たちにとって踏み磨きは増税であり、なおかつ過重な労力を費やさねばならない課役でもあった。

 年貢の一部を給料として武士たちに支払い、その米を武士たちが城下町にある米屋で換金するという仕組みである。 

 不作で自分たちの食べる米も減っているのに、年貢を増やされてはたまったものではないと、中萱村をはじめ四つの村の庄屋達が、代官へ訴訟を起こした。そのうちの一人が、当時庄屋であった加助だったのである。鈴木主馬は、即座に四人の庄屋に蔵込めの刑を命じたが、藩役人の中にも増税反対の意見があり、一月後に踏み磨きの免除と四人の解放を許した。蔵込めとは、各村に建てられていた蔵に監禁することである。

 

 延宝七年(1679)もまた、不作であった。鈴木主馬は、以前のように城下に訴訟に来てはならないと命じ、百姓たちに先手を打った。

 しかし、翌年(1680)も不作は続いた。

 昨年、年貢の中に籾様の悪いものが多く混じっていたことに憤りを感じていた鈴木主馬は、収納日より前に納手代らに籾様の検分を命じ、「もし籾様の悪いものがあれば踏み磨きをさせよ」と言い含めた。

 検分の時は何ごとも起こらなかったが、米輸送の課役を終えた百姓たちがその帰り道に城下へ押し寄せ、踏み磨きの免除を訴えてきたのである。

 延宝二年の時は、村の庄屋四人であったが、今度は課役を終えた百姓たちだったので、その人数は百数十人に及んだのではないか。なかでも物言いの強い者を捕らえると、中萱村の八郎兵衛というものであった。この騒動は加助が煽動したのではないか。鈴木主馬が疑うのも無理はなかった。


「訴訟にきた百姓たちの庄屋のなかに騒動を煽動したものがあるに違いない。直ちに詮索し、ひっ捕らえよ」


 組手代に命じたが、この騒動に頭取はなく百姓らの言い分ももっともでございます、と逆に組手代に諫言されてしまった。

 鈴木主馬が六年前の続きと言ったのは、この騒動のことである。

 結局、中萱村の八郎兵衛に蔵込めを命じ、一俵に籾三斗入れれば踏み磨きは免除するとした。

 しかし、加助への疑いは拭えず、翌年(1681)に加助の庄屋役を召し上げたのである。


「なるほど。中萱村の多田加助とはそんな因縁があったのですね。だから第一に踏み磨きの免除」


 若い武士は納得したように頷いた。


「不届き千万。一日放っておけば諦めて帰るだろう。百姓らに宿を貸してはならぬと町方に命じておけ」

 

 鈴木主馬は、怒気含んだ声で命じた。

 この日はろくに対策も立てず、評定はお開きとなった。

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