黒城に叫ぶ 4
加助たちは、訴状をしたためた。
ここにいる者たちはみな、字が書けた。村役人になるには、識字能力は必須であったのである。
一、先年まではこぼれ籾の踏み磨き御座無く候。十年以前に公方様から御情け舛奉り有難く存じ候とき、踏み磨きが実施され候に付き、領内の百姓共が訴訟申し上げ候えば、御赦免下さられ候ところ、当年不作にて御年貢の半分も之無き候。百姓難儀仕り候ところ、踏み磨き再開のこと、何とも迷惑仕り候事。
一、先年は籾一俵につき、米二斗五升挽きで納めてきたところ、米三斗挽きになり、是非無く納めて参りましたが、当年は三斗四、五升挽きで納めることとなりました。高遠領、諏訪領は只今に至るまで二斗五升挽きです。御領分もこれ並みで御取り下されば有難く存じ奉り候事。
他三つの訴文が書き足され、五か条の訴状となった。
その三つは、大豆をお金で納める値段を籾値段に直してほしい、江戸へ米を運ぶ際の負担を軽くしてほしい、村から出している藩役所の奉公人の給金は藩が全て負担してほしい、といった内容だった。
筆を執っていた善右衛門が訴状の右の空白にさっと円を書き入れた。
「頭取はここにいるわしら全員だ」
和紙に目を落としたまま善兵衛は独り言のように呟くと、円に沿って自身の名を記した。
次の者が筆と紙を受け取ると、同じように書き記し次の者に手渡す。
それを全員が順に行った。車回状である。
「まずは松本藩の御奉行様にこれを提出する。返答がない場合、または我らの願いの通りでない場合、江戸の幕府御老中様に直訴する」
加助はひとりひとりの目を覗き込みながら言った。
いままでのやり方では、この藩は同じことを繰り返し、我ら百姓はこの先ずっと虐げられる。
未来に生きる松本藩の百姓を救うには、今、我らが行動を起こさねば。
順番に居並ぶ者を見やりながら、加助は決意を確固たるものにした。
「どうせなら、藩領内の百姓、全員を巻き込んだ訴訟にしましょう」
誰かがぽつりと言った。
「そうじゃ。ここにいない村の庄屋達にもこのことを伝えて、この訴願が藩内の百姓全員の願いとしたらええ」
別の者が呼応する。
「もっともなことだ。だが伝えるとき、参加しない家には火をつけると付け加えろ。あとあと咎めがあったとき、言い逃れがしやすいようにな」
勝訴してもおそらく言い出した己は極刑になるだろうと加助は思っていた。
己のみならず、少なくともここにいる者が何らかの罰を受けることになるであろう。
しかし、できることならば、刑を受ける者は少ない方がいい。
参加しても、火をつけると脅されたと言い逃れができれば、死刑になる者は減らせるのではないか。
そう思っての発言だった。
「決行日は十月十四日とする」
恐れることは何もない。
加助の心が宿ったように、中央に置かれた灼台の炎がゆらりと揺れた。