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黒城に叫ぶ 18

 これで幕府の目を気にせず、ことに当たることができた。

 鈴木主馬、岡島權平らは二十八日までに江戸から松本へ戻ってきていた。

 そして二十九日までに各村に二斗五升挽き御証文の返還と三斗挽き願いの請書の提出を完了させた。


 翌日の十一月一日、いよいよ納めの再開が始まったのであった。


 幕府御家老中の大久保忠朝の了解と御指導があったと聞いた加助は、茫然と佇むことしかできなかった。

 江戸への直訴が出来なくなった以上、手の打ちようがなくなったのである。


「な……」


 あの二斗五升挽きの御証文をなかったことにするのか、卑怯ではないかと面罵しようとしたが、その言葉を飲み込んだ。 

 目の前にいる新納手代と庄屋に言ったところでどうしようもないことと分かったからだ。

 それでも一回目の回答通り、踏み磨きが免除となったこと、三斗五升挽きの沙汰がこれまで通り三斗挽きとなったことには変わりはなかった。


 騒動参加者の調べが十一月六日から行われた。

 一回目の回答書が出されたのちも城下に居残ったものがいた村の役人たちが、代官や郡奉行のもとへ呼び出され、尋問を受けた。


 そして、十一月十五日の夜更け、加助の家に突然、五人の捕縛係が乗り込んできた。

 腹を決めていた加助は、動じる様子をみせなかった。


「逃げはせん」


 居間で床の用意をしていた加助は、怯えた目をしたたみと傳八と三蔵に見送られながら、ゆっくりと戸口の方へ歩いて行った。

 ところが捕縛係のうち二人は加助の横を通り過ぎると、奥の居間へと土足で踏み込んだ。

 加助が驚き振り返ると、傳八と三蔵の首根っこを掴まれているのが目に飛び込んだ。


「何をする!倅たちは訴訟の一件に無関係じゃ!」


 叫びながら居間の方へ駆け戻ろうとする加助を、両脇から別の男たちが取り押さえた。


「藩主様のご命令である。此度の訴訟の頭取とその男児を捕らえよとのことだ。神妙にいたせ」


 頭らしき男が言う。


「やめろ!どこまでお主らは卑劣なのじゃ!頼む、頼むから倅たちには手を出さんでくれ!」


 二人の捕縛の手を振り払おうと加助は藻掻いた。

 すると、先ほど前で不安げな目をしていた傳八が加助に言った。


「父上。私たちは大事ござりません。父上のしたことは決して間違ったことではないことを私たちは存じております」


 三蔵もまた恐怖で引きつった顔をこちらに向けて、こくりこくりと頷いている。


「……」


 加助はこれ以上何も言うことができなかった。

 どこまでも非力な己に失望し、体中の力が抜けていくのが分かった。


 十一月二十二日。

 目の前には刑場を囲う何十人もの人の姿が見え、その向こうには黒々とした松本城が曇天の下に佇んでいた。

 加助が括られた磔柱の前で、十三人が目隠しをされた状態で跪いてる。


「やれ」


 検死の役人が言う。

 跪く咎人たちの横に立つ執行人が、手にもつ白刃を素早く振り下ろした。

 胴から離れた傳八と三蔵の顔が目隠しの面紙からのぞいた。

 どちらも不思議と穏やかな表情であった。

 加助の目から二筋の涙が伝った。

 暗雲から雪が舞い降りてくる。

 黒色の城は、それらの光景をただ冷徹に眺めやるだけであった。


 

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