黒城に叫ぶ 15
満月が夜空に浮かぶ。
提灯の灯りがなくとも、歩くのに支障がないほど明るい夜であった。
皆と別れ、家の戸の前に立つたみに気づいた加助は、照れ臭そうに指でこめかみを掻いた。
「お帰りなさいませ」
たみの片笑んだ目から零れるものに、月灯りが反射していた。
加助はまだ何も言っていないが、己の顔つきで訴訟の結果が分かったのであろう。
「ああ、ただいま。腹が減った。今夜は豪華に頼む」
加助は、温もりが溢れんばかりの戸の隙間へ吸い込まれるようにして入っていった。
「どういうことじゃ!」
憤怒で顔が真っ赤になった加助は、新しく任じられた納手代に飛び掛からんばかりに叫んだ。
11月1日、年貢収納の再開を藩から指示された納手代は、中萱村の百姓に向けてこう通達したのである。
「此度の願い出により二斗五升挽きの事申し渡したが、『恐れ多いことであり、先代通りの三斗挽きで納めたい』という各村の庄屋からの願いがあった。よって籾一俵につき三斗挽きで納めることとする。踏み磨きは無用である」
二斗五升挽きだと思い込んでいた加助たちは、愕然とした。
この言葉を聞いたとき、加助はこの納手代が言っていることを理解するのに時間がかかった。
理解したくなかった、という方が正しいかもしれない。
「あの訴訟は何だったのだ。実際に御家老様方の名で二斗五升の減免が書かれた御達書をわしはこの目で確かに見たぞ。ほかの者らも見ておる。そこにいる庄屋様も見ているはずじゃ。それが何故三斗になるのか」
加助は己の後に庄屋に任じられた「」に、滾る目を向けた。
「そういうことじゃ。加助さん、もう決まったことなんじゃ」
「」は平然と言ってのけた。
庄屋がどういう立場か分かったうえで言っているのか、我らがどのような思いで訴訟を起こしたのか分かったうえで言っているのかと、詰問しようとしたが、加助は口ごもった。
この男は端から下級の百姓のことなど眼中になく、救ってやる対象ですらないのだ。
庄屋になったことに満足し、藩から己らを庇う気など頭の片隅にも考えたことがないのだと、加助は「」の態度で理解した。
そして、二斗五升など所詮は叶わぬものであったのだと、今まで三斗で納めてきていたのだからこれ以上反抗してもその一点で押し切られてしまうと、諦めてしまっている己がいることにも気づいてしまった。
加助は二の句を告げず、茫然と暫く立ち尽くしたままであった。