黒城に叫ぶ 12
「御先代の通り三斗挽きあるように……」
先ほど役人から手渡された回答書を焚火に近づけながら内容を読み上げると、加助は唸った。
「踏み磨きの免除、大豆金納を籾値段とすること、江戸米は塩尻までの運搬とすること、藩の奉公人の給金はすべて藩もちにすることは、我らの願い通りになったということか」
彦之丞は加助が先ほど読み上げた内容をほかの百姓たちにも分かるよう、要約して確かめた。
「二斗五升の願いがなかったことになっている」
善兵衛の顔が憤りで徐々に赤くなっていくのが、薄暗闇の中でもはっきり分かった。
「しかも、御家老中様、奉行様、御殿様は知らなかったこと、すべて納手代が勝手にやったこと、としておる。なんと無責任な」
加助の声も怒りで震えている。
回答書の第一項は、こうであった。
一、籾納めの事、御先代より米にして三斗挽きあるように納めさせてきた。然るところ当年は、三斗五升あるようにとは、年寄役は存じなきことであり、なおもって、殿さまは御存じなきことである。然る上は納手代共が、私欲をもって納めを増やしたことで不届き至極である。依って役儀を召し放ち、新たに手代を任命した。これからは御先代の通り三斗挽きあるようにし、過不足無いように申し付ける。籾踏み磨きは堅く無用申し付ける。
「わしは得心しかねる。これまでがそうであったかは、関係ない。これは将来のための訴訟じゃ。二斗五升の願いを聞き届けていただくまで、わしはここを動かぬ」
加助はそう言うと座り込み、腕組みしながら目を瞑った。
他の百姓たちからは、何と頑固で融通の利かない男なんだろうと思われたに違いない。
「これまで三斗で納めてきたのだ。これからも何とかやりくりできよう。わしらはこれで帰らせてもらいます」
「わしも外で野宿するのには疲れました。この回答に満足ゆえ、村に戻ります」
大手門前で回答書を受け取ったほかの村の百姓たちは、次々に別れを告げると、この場を去っていった。見る見るうちに人数は減っていき、千人以上いたであろう百姓たちは、半刻もしないうちに十分の一ほどにまで少なくなった。
残ったのは、加助たち中萱村の百姓と、熊野神社で密議を交わした庄屋たち、それらに従う百姓、全部で百四十人ばかりとなった。
「高遠藩、諏訪藩は二斗五じゃ」
「願いはまだ聞き届けられておらん」
「二斗五升の回答をいただかぬ限り、ここを動かん」
「江戸へ直訴に参るぞ」
残った加助たちは、松本城に向かって一晩中叫び続けたが、闇がその声を空しく包み込むだけであった。