黒城に叫ぶ 1
松本城の上に垂れ込める曇天。
いまにも雪が降りだしそうな冷たい空気が、山脈に挟まれた盆地に張りつめている。
貞享三年(1686)十一月二十二日の昼時である。
城下町から北西に位置する宮淵村の丘に設けられた刑場を何百という群衆が囲っていた。
雑多な人々の中には、悲嘆の声をあげる者もあれば、念仏を唱える者、刑の取り止めを嘆願する者もあった。
どの顔にも、悲痛の表情が浮かんでいる。
丘の中央には四本の磔柱が立っており、それぞれに科人が括りつけられていた。
「やれ」
役人が静かに刑の執行を命じた。
向かって一番右の磔柱の左右に控えていた二人の非人は、括りつけられた四十過ぎの科人の眼前で一度槍先を交えた後、
「ありゃありゃ」
と叫ぶと、そのうちの一人が男の左脇腹から右の肩先にかけてズブリと槍を突き通しひとつ捻ってから抜いた。
群衆から甲高い悲鳴が上がる。
科人の顔は激痛で歪んでいた。
頬には二筋の涙が伝ったであろうあとが赤く残っている。
男はぎろりと眼を見開くと
「二斗五升!二斗五升じゃぞ!忘れるな!」
叫び声が、群衆の頭上を越えていく。
別の非人が男を黙らせようとするかのように左脇腹に槍を捻じ込んだ。
「二斗五升じゃ!!」
男は最後の力を振り絞りながら遠くに見える松本城に向けて叫ぶと、それっきりぐったりと力を落とし息絶えた。
それでも磔刑は続く。
二十回ほど槍で突かれた男の足元に広がる血とはらわた。
降り始めた雪がその温かさで瞬時に溶けるのを、群衆は悲痛と恐怖の入り混じった面持ちで見守り続けていた。