4話 銀卿・墓守《サーグレイヴ》
リースリンデは上を見て、疲れたように息を吐く。
薄暗い、天へと伸びる螺旋の階段。クランセイがいるという最上へ向かって、足音を響かせひたすら階段を歩いていた。
戦場で体力こそ培われているものの、変化のない景色、単調な動きは疲労を自覚させ思考を徐々に鈍らせていく。
彼女を追いかけるように漂う青白い光の球が、窓もない階段の唯一の光源であった。
やがて、付き従っていた光も、まるで力尽きていくようにだんだんと数を減らしていく。
そうして暗くなっていく中で、前方から別の光が見えてきた。
鈍い銅色の1枚の大扉。隙間から漏れる光が螺旋の終わりを告げる。
リースリンデは何度か扉を叩くも、中からは返事はない。少し覗くだけ、と音を立てないようにそっと扉をあけた。
まず目に入ったのは、壁をぐるりと囲うような本棚とそれを埋める無数の蔵書――
まるで書庫のような空間で、1人机に向かって作業をするクランセイの姿があった。
小さな物音を捉えたクランセイは、手を止め扉へ振り返る。そして、佇むリースリンデと目が合った。
「お前は……」
変化に乏しい表情、冷淡な瞳が驚きに染まる。
「急に来てすまない。邪魔するぞ」
クランセイの様子を伺うようにゆっくり入室するリースリンデ。特に止められなかったので彼の傍らにまで近づいていく。
「何故ここに」
「アースヴァルという男から聞いた。いつもここにいるから行ってみなって」
「……あいつか」
たちまち、クランセイの表情が険しくなる。様々な思いが眉間のシワに滲み出ている彼だが、リースリンデはクランセイが手に持つそれに目が行った。
「そのランタンは……」
ほのかに緑青に輝く神秘的なそれに、リースリンデは見覚えがあった。
初めて会った夜。迎えに来た彼が、門を開くと地面に落とし破壊した、あのランタンであった。
クランセイは、あぁ……と呟いてから手元へ目を落とす。
「これは、かの扉を守る我が門番、銀卿・墓守。……これの組み上げには忍耐と集中が必要で、これ1つ作るのに最低100年はかかる」
「100年!?」
人の一生の年月を何でもないような口ぶりで言い放つクランセイに、リースリンデはつい驚きの声をあげた。
「クランセイ、お前は年は一体いくつなんだ?」
「精霊に年齢という概念はない。活動年数と言った方がいいし、だいたい数百から数千単位だから見た目に意味ない。オレだって3000は超えている」
外見はどう見ても20代半ばの青年。なのだが、ここは濁らぬ精霊の国――人間の尺度で測ろうとしたのがそもそもの間違いなのだと、リースリンデは思い至る。
会話はそれきり途切れ、沈黙の時間が過ぎる。
せっかく苦労してここまで来たのだ。もう少し収穫が欲しい……リースリンデは座れそうな段差に腰を下ろした。
「なぁ、さっきはわたしのことを話したんだし、今度はそっちのことを教えてくれないか?」
「……さっき集中がいると言っただろ」
「それなら、私が来た時点で追い返せばよかっただろうに」
そうしなかったのは、少しは相手してもいいと思った証ではないかと、リースリンデは問う。
それから話し出すのを待つように伺ってくる赤い瞳に、クランセイは諦めたようにため息をついた。
「オレの生まれは、語るほど面白いものではない」
クランセイの発生は、通常の精霊とは異なっていた。人間界からの帰還ではなく、はじめからここに足をつけ、息を吐き、世界を見渡していた。
そして芽生える、1つの目的意識。そのための力が備わっていることも徐々に実感していく。
――すなわち、精霊たちの帰還郷を興し管理せよ、という支配の使命であった。
何もない土地……乾いた更地と申し訳程度の木々がある中、目的のため動こうとしたクランセイだがさっそく問題にぶつかった。
土地と目的を与えられたはいいものの、知識がなく、何をどう発展させたらいいか分からなかったのだ。
人間の暮らしを知っていれば少しは違ったのだろうが、何も知らないクランセイは、ただ歩き眺めるばかりで数百年程度何も出来なかった。
しかし、のちの従者となる者と出会ったことで、人間界の知見を広げることができ、自然の整地、住処の創造を行うことが出来た。
途方もない時間をかけ、ようやく形になってきた頃、次の段階へ移る。
住人の勧誘である。
すでに来ていた精霊たち。そのひとつひとつ、点在する精霊たちを尋ね、会話をして造った土地に招いていく。
そうして、何もない場所の王となった。
そうして時間をかけ、郷と呼べるものへと発展させた。
役目を終え流れ着いた先が、彼らの安住の地となれるように。最後の休息の時間を過ごす、第二の住処となれるように。
「そんな感じで、オレは長年、この地を管理している。色んなことがあったが、今は皆いい循環の中で過ごしているよ」
「そうなのか……」
リースリンデは話を聞きながら、彼のこれまでの心情を思った。はじめから上手くいっていたわけじゃない。無知を乗り越え、苦労を重ねた上での支配。
そこへ至る途中、彼もまた途方もない孤独と戦っていたのだろうか……。
そんなことを思っていると、クランセイはふいとそっぽを向いた。
「ほら、話は終わりだ。作業に戻るから、気が済んだのならさっさと帰れ」
「……分かったよ」
本当に迷惑そうだったので、リースリンデはそれ以上何も聞かず、大人しく退出する。
彼女の階段を降りる音を聞きながら、クランセイは作業を再開させた。淡い光をまとう小さな部品がはまるたび、ランタンは見慣れた形へ近づいていく。
それでも、まだ50年――。ようやく半分を過ぎたところであり、完成にはまだ程遠かった。
形だけならば、1週間足らずで完成できる。しかし、これには“中身“――すなわち魔力が必要であった。
異界の門を呼ぶ合図――割るだけで発動出来るほどの独立した純度の高い魔力の装填は、術者の体力と精神を削る。
それを繊細な組み立てと同時進行で行っていく――緑青の光は絶え間ない魔力注入の証であり、意識しなければ呼吸やまばたきを忘れるほどであった。
作成は大変だが、これはクランセイにとって切り札となる大切なもの。
先日、リースリンデを迎えるという予想外の消費をしてしまったので、せめて80年で完成させたいところである。
手慣れたクランセイでも、20年分の短縮は容易ではない。組み立てと装填、何かが狂えば、彼は応えてくれない……ただの置物となる。これまでの苦労を無に帰すのだけは避けたかった。
時刻はもうじき12時を指す。
もう少しで、あの男が食事を運びにやってくるだろう。本来ならば、精霊に食事は不要。しかし、クランセイはサンドイッチや紅茶など、人間が口にするような飲食物を好んでいた。
空腹になるわけでもない、ただの嗜好品の1つにすぎないのだが、アースヴァルの用意する食事は閉塞された城において数少ない安らぎになっている。
彼が来てくれるまでは続けようと、クランセイは指先に神経と魔力を込めた。




