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2話 女神と精霊

※流血、残酷描写あります



 仄暗い青い光を放つ()の廊下を、2人は無言で歩く。

 一定の歩調を保つクランセイの姿を、リースリンデは不思議な気持ちで見つめていた。


 精霊の王を名乗り、目の前でこの城を顕現させた青年。灰色の髪と青い瞳。細い長躯、整った精悍な顔つきは確かに人間離れはしているものの、彼の姿はどう見ても人間である。


 無表情のまま歩く彼のことを見ていると、リースリンデの目の前を、ふわりと一筋の光が()ぎった。


「わっ……と」


 驚きにふらつき、その拍子に足元に目がいく。そこには、いくつもの白い光がふわふわとまとわりついていた。

 仄暗い青と白い光――幻想的な、速度の違う浮遊する光を目で追っていると、リースリンデの声に足を止めていたクランセイが口を開いた。


「オレが扉を開けたからついてきたんだろ。元は人間界で生まれた精霊たちだから、帰りたいと思っているんだろうが――」


 クランセイは再び歩き始め、静かに二の句を継ぐ。


「でも、こいつらは役目を終えた。その場所にはすでに別の精霊(個体)がいるんだ。どこにも居場所はない。……そういう奴は精霊から亡霊になる」

「亡霊? 人間の亡霊と違いはあるのか?」

「精霊とは自然界にて生まれ人間と共に生きる存在。亡霊とはその逆、端的に言えば呪いになる」


 役目を終え、後継の発生により居場所を失った精霊は、行き場に迷いやがて現世に生きる者を羨み妬む――人間へ牙を剥く厄害となる。それは、人間による討伐や排除の対象となる。

 人のためにと尽くしてきたのに、それではあんまりだと思った若き為政者は、ある異界を(おこ)した。


「この精霊郷はそうならないようにするための、精霊のための還る場所。そういう風に、オレが作った」


 クランセイはゆっくり、どこか噛み締めるように言う。

 それきり彼は口を閉ざしてしまったので、リースリンデはここでずっと思っていた疑問をぶつけた。


「なぁ、そろそろ教えてくれないか?」

「何がだ」

「あなたの正体は分かった。でもまだ繋がらない。わたしは確かにイニスリアと戦い勝利し、嫁ぐよう命じられた。でも来たのはあなただった。じゃあイニスリアとの約束は? クランセイはイニスリアと何か関係あるのか?」


 来るはずであったイニスリアの使者はどうなったのか、というリースリンデの疑問に、クランセイは何だそんなことか、と目を丸くした。


「難しいことはない。お前たちの戦いや約束は真実だし、オレはイニスリアの使者たちを先回りして妨害し、お前の死因をこしらえていただけだ」

「死因?」

「お前は道中盗賊に襲われ死亡、遺体は野鳥に(ついば)まれて消失したとなっている」


「……おい」


 さらりと告げられた真実に、リースリンデはつい声を低くし顔をしかめた。

 どうやら、向こうでは自分は度重なる不幸で惨たらしい死を迎えた、ことになっているらしい。

 もう少しまともな死はなかったのかと抗議したかったが、あまりの適当さに、リースリンデは逆に愉快になってきた。声をもらして、笑みを浮かべる。


「そっか……イニスリアとの約束を反故にしてしまったのではないかと心配してきたが、それじゃ問題ないな」


 どうせ、自分の遺体が探されることもないだろうし……。そういうことになっているなら、向こうには何の未練もない……クランセイには感謝しなくてはならない。


「急いでたんだから仕方ないだろう……。話はここまでだ――着いたぞ」


 薄暗い中ずっと歩き続けた先――現れた1枚の大扉を、クランセイは片手で難なく押し開ける。

 隙間からの光が溢れるように広がり、瞬く間にリースリンデの視界の奪う。


 ようやく視界が戻ってきた頃、リースリンデはその光景に目を大きく見開く。そこには眩しい照明の、ダンスホールのような広間が広がっていた。


向こうの城(レンバル)とこの城は繋がっていて、ここに辿り着く。帰還城アヴァトル。オレの城であり、これからお前が住む場所だ」


 ここはそのエントランスだ、と言うクランセイ。

 そして、呆気に取られているリースリンデを城の一室へと案内した。


「ここがお前の部屋だ。全部お前のものだから好きにするといい。明日の朝、また来る」


 端的に言うだけ言って、クランセイはすたすたと立ち去っていく。

 リースリンデはその背中を見送ると、部屋の中へ戻り念の為鍵をかけた。

 かつての自室よりも広く立派な部屋。扉をバタバタと開け、一通り探索していく。トイレはあり、シャワーや湯船も完備。城で暮らしていたときと変わらない生活を送れそうであった。


「一応、水道やトイレという概念はあるんだな……」


 精霊というと自然のなかで朝露を飲み、排泄をしない……というイメージがあったので少し心配していたが、リースリンデはほっと息を吐く。


 とりあえずシャワーを浴び一息ついていると、今度は急激な眠気に襲われる。

 ふらふらと寝室へ向かい、柔らかい寝具に包まれた直後、リースリンデは意識を失い穏やかな寝息をたてることとなった。




 翌朝、リースリンデはふと目を覚ます。

 のそのそと体を起こし、馴染みのないベッドの感触にぼんやりと昨日の出来事を思い出していると、視界の端に大きな影があるのが見えた。


 寝ぼけ眼で見遣ると、そこには仏頂面の、壁に寄りかかり腕組みをして見ているクランセイの姿があった。


「起きたか」

「……うわぁ!? 何でここに!?」


 彼の一言に一瞬で目が覚める。どうして、鍵は閉めたはずなのに……そう思っていると、クランセイは当然のように言い放った。


「ここはオレの城だ。どこへ行くにも自在なのは当然だろう。目が覚めたら早く準備をしろ。ついて来い」


 素っ気なく言い放つと、クランセイはリースリンデを待たず部屋を出る。


「ま、待って……!」


 後ろを振り返らない彼に、リースリンデは急いで髪を結ぶと、部屋を飛び出した。

 まだまともに分からぬ城の中、迷ったら大変だと、リースリンデは懸命に彼の後を追う。

 そうして辿り着いたのは、柔らかな陽があたるテラス――そこには、ティーポットとカップ、そしてサンドイッチが置かれていた。


「紅茶……?」

「オレの習慣だ。気にするな。それに、お前昨日は何も食べずに寝ただろう。食べられそうなら食べるといい。そこに座れ」


 クランセイはリースリンデへ椅子に座るよう言うと、慣れた手つきで紅茶を淹れ始める。

 王が手ずから茶を淹れるのか……と思ったが、よく考えたら自分も身の回りのことは勝手にやってたので、リースリンデは何も言わず着席した。


 2人分の用意を終えたクランセイも椅子に座ると、優雅にカップを傾けたのち、リースリンデへ問う。


「それで、どうしてお前は祖国から追放されたのだ」

「追放って……。一応婚姻のはずなんだが」


 1人で国を出たのが事実だったとしても、建前上の婚姻(理由)だとしても、王女としての矜持は捨てたくなかった。

 しかし、そんな彼女の小さな反抗を、クランセイは鼻で笑い一蹴する。


「扱いがあれでは追放も同然だ。……して、何があった?」


 ペースを崩さず淡々と問い直すクランセイに、リースリンデはついため息を吐く。


「……これは、わたしの出生にも関わるのだけど……」


 リースリンデは1度口を閉じてから、言いにくそうに語り始めた。


「わたしはどうやら、父の頭蓋から産まれたらしいんだ」


 ━━17年前、リースリンデは誕生した。しかし、それに祝福は一切存在しなかった。


 王妃は王の子を宿し、順調に育みやがて出産のときを迎える。初産ということもあり、王はそれに立ち会った。

 産婆も熟練の者を揃え、陣痛がピークを迎えいよいよ産まれる、というときに━━王が突然、頭が痛いと苦しみだし、壁に向かって頭を強く打ちつけ始めた。

 獣のような激しい唸り声が充満する。皮膚が裂け骨が陥没しても、狂行は止まる気配を見せなかった。


 産婆の悲鳴に駆けつけた臣下が、王の名を叫ぶ。臣下の必死な制止も意味を成さず、王は幾度となく頭を打ちつけ容赦なく血を撒き散らしていく。


 そして、グシャ、と潰れた(とどめ)を最後に、王は完全に事切れた。

 壁伝いにズルズルと倒れる王……周囲を襲う恐怖は、それだけでは終わらない。

 割れた頭蓋骨の中で、何かがうごめき、やがて声をあげる。脳みそがそのまま赤子になったような━━あまりに小さな命がけたたましく産声をあげていた。

 母体からは赤子ともいえない塊が生まれ、王妃もそのまま死亡した。


 王と王妃から発せられる、充満する血の匂い……その惨状に、誰もが正気を保つのに必死であった。

 皆一様に魂が抜かれたように呆然とし、中には嘔吐や失禁する者もいた。

 そんな、生命と呼んでいいのかすら分からないものを、産婆の1人が必死の思いで身を清めていく。

 通常の赤子よりはるかに小さい、両手の平ほどの大きさのそれは、産まれに反してきちんと人間の赤子の姿をしていた。


 あまりの気味の悪さに殺すことも厭われた赤子は不吉の循環(リースリンデ)と名付けられ、ひとまず王家の1人として育てられることとなった――



「以上が、わたしの出生。国を出ることになった最大の原因となった出来事だな」


 言い終えて、リースリンデはクランセイを見遣る。

 彼はカップを持ったまま停止していた。一見冷静に受け止めているようにも見えたクランセイだが、瞳の奥は若干引いていた。


「それは、尋常ではないな」

「天地がひっくり返ってもあり得ないことだからな。わたしの見た目もかなり異質なんだそうだ。王家は銀髪らしいから……だから嫌われた」


 異常な赤子は両親の特徴を一切体現せず、金色の髪と赤い瞳の、女神の如き輝きを持った美しき王女へと成長していく。


 王族としての体裁を保つためか、個室や教育、食事はきちんと用意されたが、新国王となった先王の弟がリースリンデを忌み嫌っている空気は城中に蔓延し、彼女とは極力関わらないという暗黙の了解が出来ていた。


 そんな、針のむしろのような場所で生活し、年齢が2桁にあがった頃、リースリンデは自身の生き方を定めた。

 王族としての教養や作法とは別の、違う何かも身につけた方がいい……そう思って、武芸の道を選んだ。

 素質があったのか、リースリンデは剣の腕をメキメキとあげる。

 その実力は熟練の騎士すら霞ませ、此度のイニスリアとの戦いでも勝利に貢献した。

 ――そして、勝利の見返りがコレであった。


「まぁ、結果的によかったのかも。あのまま城にいてもいいことは何もなかっただろうし」


 何か待遇が変わるかもしれないと淡い期待をしていたが、考えが甘かったと苦笑する。

 誤魔化すような表情にクランセイは、紅茶を静かに飲み終えるとリースリンデを見つめて言った。


「前も言った通り、お前はオレの妃だ。人間界とは勝手が違う……不便かもしれないが不自由はさせない。自信を持て、お前は美しい」

「そ、そうか……」


 まっすぐ言われ、リースリンデはつい照れてしまい視線をそらす。


「このあとはお前に対する用事はないから、城を見るなり外を見るなり好きにするといい。大半の精霊どもは好意的に関わってくるだろう。けど、人間をよく思っていない奴らも少なからず存在する。……気をつけるように」


 そう言って、クランセイは席を立った。

 鮮やかに身をひるがえす。彼の去り際は本当に颯爽としていて、振り向くことがない。

 1人残されたリースリンデもまた、部屋へ戻ろうとするのだが、ふとテーブルのカップや紅茶ポットに目がいった。

 カップの中にもポットの中にも、紅茶はまだ残っている。このまま残してしまってはもったいないと思い、リースリンデはもうしばらくの滞在を決めた。


 不思議にも紅茶はまだ温度を保ち、湯気が立っている。クランセイが淹れた紅茶は非常に美味であった。

 この城はがらんとしている。彼はずっと、この城で1人で暮らしていたのだろうか……。


 そんなことを考えながら、元々紅茶好きであったリースリンデはミルクやレモンを投入し、味の変化を密かに楽しんでいた。



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