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800文字ショートショート

一つの平和で救われてしまう単純さ

作者: 一色 良薬

「あ、サイトウさん。悪いけどこれもお願いね。期限は明日の正午までだからさ」

 まるで定時を見計らったかのように上司から渡された書類の束へ、ひきつった笑みを浮かべた。

 日中いくらでも渡す機会があったはずだ。能力以上に仕事を請け負いがちな上司の負担を減らした上で「何か他にありますか?」と気遣いを投げたのに。

「サイトウさんって独り身でしょう? ほら残業代稼がないと……さぁ?」

 この令和に残業を美徳だと唱えるタイプの課長にうんざりする。

 いいえ。私はとっとと家に帰ってゆっくりご飯を食べたいですし、早くドラマの続きも観たいですし、貴方のフォローで疲れているのでお金よりも休息を優先したいのですが。

「はは」

 そんなことを言えるはずもなく、乾いた笑いを零して請求書の一枚に手をつけた。

 高校卒業からもう十年近く事務員として働いているが、職場環境は入社した時より悪化している。唯一この会社にしがみついている理由は、大手企業であることだけだ。それも今の時代では何年先まで競争社会に残っているかも怪しい話だ。

(次の賞与をもらったら辞めてやる。いやクレジットの請求が危ないから冬の賞与までは頑張るか)

 帰りの電車でいつもの“切り札”を思い浮かべたところで呆れた。賞与だって入社時には三ヵ月分もらっていたのに、今では二ヵ月と半分も切っている。縋る理由さえしょっぱい。辞め時は着実に迫っていることは確かだ。

(会社に行きたくない)

 惰性の足取りでコンビニに寄る。今日は何を食べようか。

 パンプスを引きずりながらスイーツ売り場の前を通りすがる。と、そこで真っ赤な一粒の宝石が乗った、ショートケーキが目に止まった。

 見た目に反して可愛くない値段だ。いつもなら素通りするが、今日はどうしても自分を甘やかしてあげたい気持ちだった。

「たまにはいいよね。ご褒美」

 いつもお疲れ様。なんて言ってくれる人なんていないから。

 この一ピースで明日の私を応援してあげよう。

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