5.森の精霊 リン
ベンは、ヒッグヒッグと嗚咽をもらしながら、目の前に現れた人を凝視します。そんな兄の様子にテラも何かを感じたのか、ベンと同じ方向を見て、目をパチパチさせます。
「ようせいさん?」
そう言ったのはテラでした。何かの絵本で見た、妖精の姿に似ている気がしたのです。けれど、ベンは言い返しました。
「違うって。妖精はもっとちっちゃかったじゃん。この人、おっきいもん」
「あ、そっか」
妖精は、人の手の平に乗るくらいの大きさでした。けれど目の前の人は、体の色は緑っぽい色だけれど、人間の大人と……母親と同じくらいの大きさに見えます。
兄妹のやり取りを聞いていた目の前の人は、クスクス笑いました。
『面白い子たちね。妖精とは違うけれど……そうね、ヒトの言葉で言うなら、精霊というべきかしら』
「せいれい……?」
ベンとテラは揃って首を傾げます。"精霊"を知らないのです。すると、目の前の精霊はまたもクスクス笑いました。
『まあ、妖精と似たようなものと思ってもらえればいいわ。リンと呼んでね』
「わかったー! リンちゃんだねっ!」
「あっこら、テラ! 大人をちゃん付けしちゃいけないんだぞっ!?」
「なんで?」
『まあまあ、私は構わないわよ?』
やっぱりクスクス笑いながら、リンはベンとテラの顔をのぞき込みます。
『やっぱり面白いわ。私を見ても驚かないんだから』
「おどろくの?」
「なんで?」
ベンもテラも不思議そうに取り返すと、今度はリンはとても嬉しそうに笑いました。
『ねぇ、子供たち。名前を教えてちょうだいな』
「ベンです!」
「テラはね、テラって言うの!」
『ベンとテラね。二人は兄妹?』
「うん! テラはいもうとだから、僕が守ってあげるんだ!」
「お兄ちゃんに守ってもらわなくても、テラだいじょうぶだもん!」
「うそだー、さっき泣いてた、くせに……」
言いかけたベンの言葉は、途中で力をなくしました。現れたリンにすっかり忘れていましたが、自分たちが迷子になってしまったことを思い出したのです。ふと気付けば、周囲はすでに真っ暗です。
「……どうしよう」
『あら、どうしたの? そういえば、ヒトの子どもが、暗くなっても森の中にいるのは珍しいわね』
「その……」
ベンは悩みましたが、全部打ち明けました。
魔法の力を探して、森の中に入ったこと。不安になって引き返そうとしたら、道が分からなくなって、暗くなってしまったこと。テラが転んでしまって、泣き出したこと。
大人のリンには怒られるかもしれない、と思いましたが、自分だけではテラを守れないことは分かっていたのです。
『なるほど、少し血の匂いがするとは思ってたのよね』
緊張しているベンをよそに、リンはテラの膝を見ていました。そこで初めて、ベンもテラが怪我をしていることに気付いたのです。
「テラ……! ど、どうしよう……!」
『落ち着いて、ベン。私は治してあげられないから……一緒に行きましょうか』
「え……って……ええっ!?」
「うわーすごーい! お兄ちゃん、木がテラをつかまえたー!」
「なんでそんなにのんきなんだよ!?」
歓声を上げるテラとは別に、ベンは半ば悲鳴を上げます。
木の枝がスルスルッと伸びてきて、胴体に巻き付いたのです。しかも、そのまま持ち上げたと思ったら移動を始めて、ベンはテラみたいに喜べませんでした。
『心配いらないわ。テラの傷を治してくれる場所に行くだけだから』
「……きず、なおる?」
『ええ、もちろんよ』
それを聞いて、ベンは動くのを止めました。少し怖い気もしますが、妹のためです。
そうして、揺られながら移動すること、少し。ベンとテラの目に、キラキラ光る何かが飛び込んできたのです。