第四話「ローキは学校でも配信を観たい」
「吉岡くん、ずいぶんと眠そうですね」
となりに座っているさやか先輩が、優しく言葉を投げかけてきた。
「す、すみません」
瞳に溜まった涙を人差し指で拭って、小さく頭を下げる。
席に着いた早々、おおきなあくびをしたのを見られてしまったようだ。
俺は目を合わすことも出来ずに恐縮する。
「ふふふ」
そんな俺を見てさやか先輩は、楽しそうに笑った。
そしておもむろにカバンから文庫本を取り出すと、白くて細い指先で上品にページをぺらりとめくり始める。
昼休み、俺は学校の図書室に来ていた。
ウチの学校は全ての生徒が何かの委員会に所属していなくちゃいけない。
風紀委員会、文化祭実行委員会、保健委員会、とにかくなんでも良いから所属しなくちゃいけないんだ。
そんな中、俺は図書委員会を選んだ。
ウチの図書室はものすごく貧弱だ。
面積は普通の教室の半分くらいしか割り当てられていないし、保管されている書籍も、学校で出版された書籍ばかりだ。
つまり各委員会や部活で発行した冊子や卒業アルバムとかそんなものばかり。
ちょっと頑張って図鑑とか辞典が隅っこにあるくらいだ。
必然的にそんな図書室に来る生徒なんているわけもなく、たまに何かの間違いのように来るのは課題かなにかで学校や部活の歴史を調べようとする生徒くらいってわけだ。
そりゃそうだ。
今は調べ物をしようとしたらスマホやパソコンでさくっと調べられる時代。
小説やマンガだってこだわらなければアプリで読める。
わざわざ図書室まで足を運ぶ必要なんてありゃしない。
つまり何を言いたいかと言うと、俺は一番暇そうな委員会を選んだってことだ。
狭い図書室だけど入り口に机を二つだけ並べたカウンターがある。
そこで本の貸し借りの手続きをすることになるんだけど、図書委員会の規定で、昼休みと放課後は必ず誰かがそこに常駐していなければならない。
今日は俺とさやか先輩が当番の日だった。
さやか先輩――牧島さやか先輩は俺より一個上の高校三年生で、図書委員長である。
だからとても偉い人なんだけど、さやか先輩はそんなことも意識させないくらい物腰が柔らかで、こんな年下の俺に対してでもちゃんと敬語で応対してくれる。
そしてめちゃくちゃ美人さんなんだ。
今も俺の隣で、文庫本を熱心に読み込んでいるんだけど、そのページをめくるもの静かな佇まいや、ときおり長い髪をかき上げる仕草なんかには、思わず見とれてしまう。
実際、校舎の裏とか屋上でよく告られているところを見かけるんだけど、どうもそのすべてをお断りしているらしい。
ちょっと古い言い方だけど、さやか先輩は高嶺の花的存在の人だった。
だからそんな先輩と、ほんのひとときでも時間を共有出来る俺はかなりラッキーな存在と言える。
閑職だから、という意味で適当に選んだ図書委員というポストだったけど、俺は期せずして最高のポジションをゲットしたってわけだ。
そんなさやか先輩を横目に見ながら、俺はカウンターに設置されているノートパソコンのネットブラウザをこっそりと立ち上げた。
そして読書中のさやか先輩の迷惑にならないように、イヤホンを差し込みYoutubeをアイコンをダブルクリックする。
そして探し出そうとしたのはダイヤちゃんの配信。
ダイヤちゃんは朝配信っていうのも行っていて、早朝に雑談配信をするのが日課だった。
今日の朝は寝不足だったこともあり、見逃してしまっていたのだ。
目的の動画を見つけるべく、俺はマウスのカーソルを何度か動かした。だけど――
あれ? おかしいな。
ダイヤちゃんの最新動画が見つからない。
自分が普段使っているパソコンじゃないから、カスタマイズされていなこともあってもの凄く使いづらい。
自分のパソコンならダイヤちゃんは登録しているし、それによく観る動画なんかはレコメンドされてくるし。
延々スクロールを繰り返したが、ダイヤちゃんの過去配信や切り抜き、それに同じ『パンタシア』グループの動画ばかり上がって来て、最新の動画であるはずの『朝配信』が見つからない。
おかしい。
ここまで見つからないのは、ちょっと変だ。
もしや、と思い俺は別ウインドウを立ち上げTwitterを開いた。
そしてダイヤちゃんのアカウントを検索し、見つける。
するとそこには――
『体調不良につき、朝配信はお休みします。ごめんね!』
の文字がつらつらと並んでいた。
一気に身体の力が抜けて、がっくりと肩を落とした。
ダイヤちゃんの声が聴けると思って気持ちが高ぶっていただけに、どっと疲労感が押し寄せてくる。
さらに眠気も押し寄せてくる。
だけど訓練されたリスナーたるものこんなことで、推しに不満は抱かない。
推しの健康を第一に祈るのが、健全なリスナーの姿というものだ。
俺はダイヤちゃんのツイートに『無理しないでゆっくり身体を休めてください! 元気な姿を観るのを楽しみにしています!』とだけ書いてウインドウを閉じ、再びYoutube画面に戻った。
画面を見るとダイヤちゃんと同じグループ『パンタシア』のVTuber、赤備シャクヤクさんの切り抜きがレコメンドされている。
切り抜き、というのは有志のリスナーがVTuberの配信をダイジェストにまとめたもの。
Vの配信は優に一時間は超えるものが多い。
長いものだと三時間以上続くものもあるし、それ以上のもある。
もちろん端折らないで全て観たいというのが、全リスナーの希望であるんだろうけど、興味あるV全ての配信を観るのも限界はあるし、一人の人間が余暇として利用できる時間にも限りがある。
だからこの切り抜きという存在は、そんな時間の無いリスナーたちの希望の星なんだ。
ダイヤちゃんの配信は端から端まで全て観ている俺も、他のVはどうしてもある程度は切り抜きに頼ることになってしまっている。
今、画面に上がってきているのが、そんな切り抜きの一つだった。
切り抜きには
『『どたキャン』同時視聴中、センシティブな言葉を知ったかぶりする姫様』
というタイトルが付けられている。
シャクヤクさん、またやらかしたのかー。
そう思って俺は少し口元をにやけさせながら、動画を食い入るように観始めた――