第三話「まどか先生は訊き出したい」
「はい?」
問いかけるような目で、前屈みになって俺の瞳を覗き込んでくる先生。
目はなぜか不安に満ちてうるうるしている。
だけど、俺の目は前屈みになってちらりと見え隠れするその胸元に釘付けになってしまっていた。
た、谷間が丸見――
――って、ダメだって! 俺はダイヤちゃん一筋なんだって!
強力な意志の力で視線をその胸元から引き剥がし、そして改めてまどか先生に向き直った。
……で、なんだっけ?
もう頭の中は真っ白だった。
「え? な、なんの話で……」
「だからー!」
まどか先生は再び頬をぷうっと膨らませる。
「さっき、ヒロトくんと話してたじゃないですか! うららちゃんの新衣装がエ、エロかったって! そんな際どかったですか!」
「え、ええと」
俺は戸惑いまくって、隣のヒロトと目配せをした。
(なあ、これってどういうこと?)
(たぶんなんだけど、まどか先生もVTuberのリスナーなんじゃね? それでもって『園児』なんじゃね?)
(やっぱりそういうことなんかな)
目の動きだけでそんな会話をヒロトと交わした俺はまどか先生に視線を戻した。
あ、ちなみに『園児』ってのはうら先のファンネームのこと。
「まどか先生、うら先の新衣装お披露目配信、観なかったんですか?」
「なんか不良みたいだから『うら先』なんて略し方止めてください! せめて『うらら先生』、出来れば『うららちゃん』と可愛く呼んでください!」
ああー、これはガチなリスナーだ。
しかもかなり面倒くさいヤツだ。
「観ました、もちろん観ましたよー! でも私はそんなにエロかったとは思いません! だって実際BANされなかったし! ……ど、どちらかというとカッコカワイイというか!」
まどか先生は両拳を握って力説する。
「ちょ、ちょっと、まどか先生!」
必要以上にヒートアップしているまどか先生を見て心配になったのか、なぎさがまどか先生のシャツの裾を引っ張る。
だけどその程度のことで勢いが収まるまどか先生ではなかった。
「なのにお披露目したとたんに『エロい』とか『エッチ過ぎる』とか『BAN必至』とかのコメントばかり! 先生は甚だ遺憾です!」
まどか先生はそのとろんとした垂れ目を思い切りつり上げて、俺とヒロトを交互に睨み付けてきた。
そんなまどか先生に俺はすかさずフォローを入れる。
「違いますよ、まどか先生。その『エロい』は褒め言葉です。まどか先生も言ったようにカッコカワイイと同じような意味ですよ。思春期男子リスナーはそんな言葉しか使えないんです」
「でも」
「それにあの衣装はうら先にめっちゃ似合ってましたよ! 逆に考えてみてください。うら先に子どもっぽい服着せたって似合わないでしょ? うら先にはエロカッコイイ大人っぽい服。ばっちりです!」
「え? そう? そうなのかな?」
と呟くように言ってからまどか先生は「えへへ」と小さくほくそ笑んだ。
ほ。
面倒くさいリスナーのだる絡みから解放されて俺とヒロトは同時に安堵の息を吐いた。
やっぱりまどか先生ほどのガチリスナーだと、推しの評判はもの凄く気になるんだろう。
でもそれはそうかも知れない。
俺もダイヤちゃんの配信を批判的にあーだこーだ言われたら、ムッとするだろうし。
しかしまどか先生は、自分がVTuber好きだということを隠そうともしないので好感が持てる。
好きなものを好きだと言える大人はいいな、と思った
まったく、なぎさとは大違いだ。
俺も将来はこういう大人になりたいものだ、と感慨にふけっていたら、ホームルーム開始の予鈴が鳴り響き始めた。
のんびりまったり会話を楽しんでいたクラスメイトたちは、ため息を吐きながらそれぞれの席に戻り始める。
まどか先生も、いまさらその状況に気がついたかのように、はっと顔を上げた。
「へ? あ、ああ! って大変もうこんな時間! みんなー、ホームルームを始めますよー」
ぱんぱん、と手を叩きながら教室中に声を掛けるまどか先生。
そして教壇に向かって一歩を踏み出そうとした時、何かを思い出したように踏みとどまり、くるりと振り返った。
人差し指を立てて、いかめしい表情で――といっても相変わらず怖く感じないのだけど――俺の顔をのぞき込む。
な、なに? まだ、なんかあんの?
戦々恐々としてまどか先生の次の言葉が吐き出されるのを身構えていると――
「ローキくん? 『うら先』じゃないって言ったでしょ? 『うららちゃん』でしょ? 『うららちゃん』!」
ああ、実に面倒くさい!
前言撤回。
絶対、こんなやっかいな大人にはなるもんか!
俺は固く心に誓った。