第十八話「ローキは誰でも良いから相談したい」
PR動画かあ。
俺はスマホでYoutubeを垂れ流しにしながら、画面の前で悩んでいた。
あれからもう少しなぎさに話を聞きたかったんだけど「ごめん。今日はバイトがあるから!」と言ってそそくさと帰って行ってしまったんだ。
ったく肝心なときに使えねえヤツ。
っていうか、あいつバイトなんかやってたっけ?
今度なんのバイトやってんのか聞いてみよう。
さやかさんもヒロトも帰ってしまったので、いきなり相談相手が誰もいなくなってしまった。
もう学校にはVのことを相談できる人間はいない。
俺も大人しく帰ろうか、と思ったところ――
「あ!」
Vにハマっている人間がもう一人居ることに気がついた。
「え? なになに、なんですかあ? なんでそれで私のところに相談に来るのお?」
職員室の一角で俺の訪問を受けて、まどか先生は素っ頓狂な声をあげた。
「だってまどか先生、うらせん……うらら先生の呼び方にいちゃもん付けるくらいのやっかいオタクじゃん」
「やっかいオタクとか言わないでください!」
思わず声を荒らげたところで、職員室に残っていた数人の教師の視線がまどか先生に集まる。
まどか先生は周りの視線から逃れるかのように身を屈めて、声をひそめた。
「と、とにかく、ここじゃなんだから他の場所に行きましょう」
まどか先生にそう言われて連れてこられたのが、第一面談室。
普通の教室を四分の一にしたような小さな部屋で、机が一つとイスが二つしか無い部屋。
この部屋は個別面談で何度か入ったことがある。
まどか先生は窓をバックにしてイスに座り、机を間に挟んでもう片方のイスに俺が座る。
「で、なんでしたっけ? 『パンタシア』のオーディションに受かるコツを相談したいって? そ、それでなんで私に聞きに来るの?」
「いや、だからまどか先生『パンリス』でしょ? 『パンタシア』の動画は見まくってるし、うらら先生の動画も見まくってるんでしょ? 十分に相談相手になるじゃん?」
まどか先生は一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、やがて何かを探るような視線で俺のことをじろじろと観察しだした。
「……ほんとうにそれだけ?」
「他に何があるってんだよ。……あ、あとは年の功かな。俺より年長だからきっとたくさんの動画を見てるだろうし、オーデションした人の話なんかも聞いてるかもだし、経験値も……って痛てて! なんだよ!」
いきなりぽかぽかと迫力の無いネコパンチで俺を殴りだしたまどか先生。
すかさずイスごとスエイバックしてその後の追撃を全て躱す俺。
「年の功とか言っちゃだめー! そもそもあんたたちと十歳も離れてないんだからね!」
まどか先生は、両拳を握りしめ、涙目で力説する。
しばらく興奮していたまどか先生だったけど、目を閉じて自分の胸に手を置いてしばらく深呼吸していた。
すると、数十秒もせずに落ち着きを取り戻し始める。
きっと自分なりの興奮の収め方を知っているんだろう。さすがに年の功だ。
「ふう。で、相談ごとはなんでしたっけ?」
「だから! 今度俺が『パンタシア』のオーデションを受けようと思ってんだよ。Vオタのまどか先生なら何か良いアドバイスがあるんじゃないかと思って訊きに来たんだけど」
「それなら、なぎさちゃんに訊けばいいじゃない。私より的確なアドバイスをしてくれると思うんだけど」
きょとんとした表情をしながらそう言うまどか先生に俺は首を横に振った。
「なぎさは忙しいって言って帰っちゃったんだよ。それでまどか先生のところに来たんだよ。まどか先生『園児』だろ? うらら先生が『パンタシア』に参加した時の話とか知ってんじゃないかと思って」
俺がそこまでつらつらと言うと、まどか先生はおもむろに腕を組んで「うーん」と唸りだした。
「わた……うららちゃんは、そもそもオーディションを受けていないんです」
「え?」
間抜けな声を上げてしまった俺にまどか先生はこくりとうなずいた。
「『パンタシア』の初期メンバー、1期生から3期生くらいまでは加入の仕方はまちまちなんですよ。スカウトされて来た子もいれば、知人の紹介で加入した子もいるし。当時はまだVTuberが現れ始めた時期だったから、その辺は結構フレシキブルだったのね。わた……うららちゃんの場合はスカウトね。もともと人気配信者だったから」
「あ、知ってる。たしか『まるるん』って名前の配信者だったかな? おっきい胸を画面に映しながら料理作ったり、おっきい胸を画面に映しながらガンプラ作ったりする人」
「ローーーーーーーーキくん!」
いきなりまどか先生が声を荒らげた。
「そんな言い方するとまるで胸だけがウリの人みたいに聞こえるじゃないですかあー!」
今度は事前に察知したので、ネコパンチは一撃目から躱すことが出来た。
何発かのネコパンチを宙で空振りをすると、まどか先生はやり場の無い怒りを抑えきれないように「ふう! ふう!」と肩で息をしている。
しかしまどか先生、一体どこに地雷があるのか分からない人だ。
まどか先生、うら先のファンだから『まるるん』さんのファンでもあるのかも知れない
っていうか『まるるん』さんの配信はいくつかアーカイブに残っているので観たことがあるけど、胸だけがウリって言い方はあながち間違いでもないような気がするんだけど――
「胸だけがウリな配信者がスカウトされるわけがないですよ! だって」
まどか先生はそこまで言うと一度言葉を切って、ぴんと人差し指を立てた。
「Vになったらそのウリの胸が使えなくなるわけですから」
そう諭すように話すまどか先生に俺は「あ」と声を上げた。
「『パンタシア』の運営さんが、まるるんちゃんの企画やトークに魅力を感じてくれたからスカウトしてくれたんですよ? そういう派手なものの陰に隠れた、本質みたいなものを見抜く目も必要なんじゃないかと思うんです」
そう言っていつの間にか冷静さを取り戻していたまどか先生はにっこりと笑った。
その時のまどか先生は、いつもの俺たちの友達のような立ち位置ではなく、やっぱり大人、いや『先生』って感じがして。
俺はこくりと首を縦に振って素直に「はい」と言ってしまったんだ。




