第十五話「ローキは秘策を訊き出したい」
「と、言うと!?」
コースケさんがひねり出したその言葉に、俺は飛びついた。
「ちょ、近い近い! 近いって!」
いきなり懐に飛び込んだ俺から距離を取るように、コースケさんはイスに座ったままスゥエイバックする――で、当然そのまま後ろにばたんと倒れた。
「だ、大丈夫ですか!?」
床の上でのたうち回るコースケさんにあわてて駆け寄る俺。
呆れた表情でそれを見るヒロト。
「あいててて。っていうか、ローキくん、いきなりテンション変わったね?」
コースケさんは俺が差し出した手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
そして倒れたイスをまた元に戻す。
「で! Vとお近づきになる方法ってなんなんです!? どうやったらダイヤちゃんと知り合いになれるんです!?」
「ま、まあ、落ち着いて。とりあえず、イスに座ろうよ。僕は別に逃げたりしないから」
苦笑しながらそう言うコースケさんに、それももっともだと思い、俺はすごすごと自分の座っていたイスに戻った。
俺が再び着席したことを確認したコースケさんは、ほっとしたように息を吐き、そして手元のコーヒーを一口飲んだ。
「Vとリスナーという関係だといつまで経っても距離は縮まらないと思んだよね。古参のリスナーだと名前を覚えてくれたりするだろうけど、そこまでだと思う。というか、それがVとリスナーの関係の最高到達点だと思うね。僕はそれで良いと思うんだけど、ローキくんはそれでは納得出来ないんだろ?」
コースケさんの問いかけに俺はこくりとうなずく。
コースケさんはそれを確認したあと、俺の隣にいるヒロトに目を向けた。
「ヒロトはどうなんだい?」
「俺? うーん、そうだなあ」
ヒロトは自分の頭の中を探るかのように視線を天井に向けて、頭をぐらぐらと回しだした。
やがて頭をぴたりと止め、腕を組んで今度は俯く。
「今まで、俺はうら先のガチ恋勢だと思ってたんだよ。でもローキほどの熱量は無いな、と最近思っているんだ。リアルうら先に会えなくてもそれはそれで良いかな、と」
ヒロトは苦笑しながら俺の方にちらりと視線をやる。
「たぶん、俺は芸人を観ているのと同じような感覚でうら先を観ているのかも知れない。毎日うら先の配信観て、そのPONを観て笑って。だから今のままでもじゅうぶんかな、って。ごめんな、ローキ」
「いや、謝るなよ。お前はうら先ガチ恋勢じゃなくても、しっかりガチ勢だ」
俺はヒロトの肩を小突く。
ヒロトは笑いながらそれを腕で避けた。
「君たちは本当いい関係だね。僕も学生時代にこんなリスナー仲間が欲しかったよ。ま、それは置いといて」
コースケさんは思い出したように言う。
「推しのVとお近づきになりたいって話だったね。もし推しとお近づきになりたい、と思ったらVとリスナーという関係を打破しなくちゃいけないと思うんだ。参考になるかどうか分からないけど、こんな僕の経験談がある」
コースケさんはそう言うと、苦笑いしながら何かを思い出すように話し始めた。
僕はコンカフェが好きでね? ああ、そう『コンセプトカフェ』のこと。
『メイドカフェ』が有名だけど、『妹カフェ』とか『中世ファンタジーカフェ』とか『戦国時代カフェ』とかあるね。
ああそういえば『バンパイアカフェ』みたいのもあったなあ。 僕はその中でもオーソドックスなメイドカフェが好きだったんだ。
で、足繁く通っているうちにもの凄く話の合うメイドさんと知り合った。
僕と驚くほど好きなアニメやマンガが同じでさ、さらにはVにもハマっているっていうから、ますます話が合った。
僕はそのメイドカフェに行って、そのメイドさんとオタクトークするのがもの凄く楽しみになったんだ。
いわゆるメイドカフェ内での推しが出来たわけだね。
何度も通う内に仲良くはなっていったけど、あるところから限界値みたいのを感じ始めた。
そのメイドさんとはお店の中だけでしか会えないし、営業時間外にも会えない。
どれだけ仲良くなったって、所詮僕はお客さん。
キャストとお客さんという関係でしかない。
推しがどれだけ愛想良くしてくれても、それは単に仕事だからにしか過ぎないんだ。
で、僕は考えた。
このキャストとお客という立場を打破するにはどうしたら良いか、ということを――
初め「なんの話が始まるんだろう?」と一抹の不安が頭を過らないことも無かったけど、ここに来て、ようやくコースケさんが何を言いたいのかが見えてきた。
キャストとお客の関係と、Vとリスナーの関係は似ているんじゃないか。
そういうことをコースケさんは言いたいのではないか。
「で僕はね、キャストとお客という立場を打ち破るには、向こう側と同じ立場になれば良いんじゃないか、と考えたんだ」
「え? ってことはコースケさんがメイドさんに!?」
一瞬、頭の中にメイド姿のコースケさんが頭に浮かぶ。
だけど相当にキショイので、すぐに頭の中から消し去った。
「違う違う! そんなことしてどうすんだい。まったく違うコンセプトのカフェだよ、それは! そうじゃなくて、お店側の人間と仲良くなろうと考えたんだ。つまりスタッフさんたちってことだね」
「普段は奥に入っている裏方担当の男性スタッフさんたちと仲良くなろうと心がけたんだ。スタッフさんたちとも積極的に話しかけたり、一緒にご飯食べに行ったりね。お店がめちゃくちゃ忙しいときとか、買い出しも担当してあげたりしたよ。そうしている内にメイドさんたち含むお店全体でご飯食べに行ったりすることにも誘われたりするようになってね。信用されて来たな、っていう実感があったね」
話も架橋に差し掛かってきたみたいだ。
俺とヒロトは固唾をのんで耳を傾ける。
「そんな毎日を送っている内に、推しのメイドさんが仕事終わった後、駅まで一緒に帰れるようになってね。僕とキャストという垣根がどんどんと薄れてきたことを感じていた。そうなると後は早かったね。次第に営業時間外、お店の外でも会えるようになって来た。趣味は同じだから、好きなアニメのイベントとか一緒に行ったりしたよ。僕と推しはどんどん仲良くなってきて、そうして僕はその推しと付き合うようになった。つまり今の僕の彼女だよ」
「コースケさんに彼女がいたんですか!?」
「食いつくとこそこ!? 僕だって彼女はいるよ! 昨日の夜だってデートして来たばかりなんだぜ?」
こんなオタクを極めたオタクの中のオタクのようなコースケさんに、彼女!?
しかもメイドカフェのメイドさん!?
そんなばかな……というような疑わしい目でコースケさんを見つめていると、隣のヒロトが補足してくれた。
「おじさんには確かにカワイイ彼女さんがいるよ。時々この家で会ったこと俺あるもん。メイドさんだってのは知らなかったけどさ」
ヒロトのその言葉に「ほらあ!」と自慢げに胸を反るコースケさん。
改めて部屋を見回してみると、本棚の中段くらいに写真立てがあって、女性と一緒に写っているコースケさんの写真が飾られていた。
……本当だったんだ。イマジナリィ彼女じゃなかったんだ。
「ということから考察すると、もし君がVとお近づきになるんだったら、彼女らと近い立場の人間になれば良いってことになるんじゃないかな」
凄ぇ。成功者の体験談だからもの凄く説得力がある。
言われたとおりにすれば、どうにかなるんじゃないかっていう、根拠の無い自信がむくむくと湧いてくるのを感じる。
でも、Vと近い立場ってどういうこと? どんな人間たちのこと?
「それって運営側になれってことですか?」
ダイヤちゃんは企業が運営している『パンタシア』というグループの一員だ。
ということは俺がその企業に入れば良いってこと?
っていうか俺、まだ高校生だし無理じゃん。
でもそこでコースケさんは首を横に振る。
「仮に運営側に入っても逆にお近づきになれないと思うよ。『パンタシア』グループのVはアイドル扱いされているから、その接し方はもの凄い気を遣われている。運営側からスキャンダルを出すわけにはいかないからね」
でも他にVと近い立場って何がある?
リアル家族? そんなの到底無理だし。
あ、Vの外見を創る絵師さん?
多少交流はありそうだけど、そもそもそんな特技を持っていないから無理だし。
じゃあ、どうしたら?
俺がいろいろ考えて頭の中がオーバーヒートしそうになったとき、コースケさんは口元に自信たっぷりの笑みを浮かべて、ゆっくりとこう言ったんだ。
「そりゃただ一つだろ。君も同じVになれば良いんだよ」




