第十三話「さやか先輩は諭したい」
「え?」
思わず声を上げた。
だって絶対否定的な意見が出るんだと思っていたから。
なぎさにもヒロトにもダメ出しを食らったこの流れで、さやか先輩からもあのおっとりとした話し方でたしなめられるんだろう、と思っていた。
「さやかさん、甘やかしちゃダメですって! もっと厳しく一刀両断しちゃってください!」
なぎさが両の拳を握りながら、訴えかける。
「うるせぇ! さやか先輩の思考を誘導するな!」
さやか先輩の目の前で俺となぎさがにらみ合う。
そんな俺たちを見ながらさやか先輩はくすりと笑い、言葉を続けた。
「VTuberというのは、スパチャコメントに対するお礼や返事をするのですよね? その時、ローキくんのコメントはどちらも返事し易いな、と思ったのです。例えば一つ目のコメント案だったら『かたじけない、必ずビックになるゆえ応援のほどよろしくお願い申す』でさらっと返せるし、二つ目は『激辛ラーメン、妙味のようで少なからぬ興味を覚えた次第』と更にさらっと返せるじゃないですか」
「さやかさん、さやかさん。……口調が」
なぎさがさやかさんにぼそぼそと小声で話す。
あれ? さやか先輩、なんでシャクヤクさん口調なの?
俺がそんな表情でさやか先輩を見つめていると、当の本人は、
「ぶ、VTuberとはこういう口調なのかな、と思って真似てみただけです」
と言って「こほん」と咳払いをする。
もの凄いシャクヤクさんの再現度だった。
俺が図書室のノーパソで動画を観ていたときのシャクヤクさんを覚えていたのかも知れない。
だけどさやか先輩の感想、『さらっと』ってどういうこと?
なんかあまり良いニュアンスじゃないような――
「……なるほどー。確かに『さらっと』流せますね。さすがはさやかさん!」
なぎさは大きくうなずいて、さやか先輩を尊敬のまなざしで見つめる。
「特徴的なキーワードがコメントの中にあるから、返事し易いですよね。でも逆に言うと、あまり懇切丁寧に返事したり取り上げたりしたくないタイプのコメントのように感じます」
あ、うう。
さやか先輩、優しく言っている割には、急所をぐっと抉ってくる。
俺は今までに無いくらいのダメージを食らってがっくりと肩を落とした。
さやか先輩にもダメ出しされたあ。もう生きていけないよう。
「例えばですよ? ローキくんが配信者だとしましょう」
さやか先輩が諭すように声を投げかけてくる。
さやか先輩の言葉は、なぎさの言葉と違って決して俺を否定するような色は無い。
だから俺の中にすんなり入ってくる。
「ローキくんが配信者だったら、このようなコメントを貰ったら嬉しいですか?」
俺は考える。自分の心の中に深くダイブする。
もし、俺が配信者だったら、どう思うんだろう。
見知らぬ人間からのスパチャが来る。
そのコメントは『ローキくんが遠くに行ってしまうようで寂しい』とか『ナンチャッテ』とか『大好き!』とか『激辛ラーメン食べに行きました』とかのコメント。
……あ、はい。
っていう感想しか浮かんでこないだろうな。
好きでいてくれて嬉しいとは思うかも知れないけど、あまり繋がりを持ちたくないタイプのリスナーだな、とも思われるかも知れない。
「印象には残るかも知れません。でも、あんまり良い方向での印象じゃないですよね」
さやか先輩はやんわりと俺に問うてくる。
俺はもはや、その優しげな瞳すら見ることが出来なくなって、俯いてしまった。
その通りなんだろう。
俺の考えたコメント案はV側から見たら、あまり良いイメージのコメントじゃなかったようだ。
独りよがりのコメントを作ってしまったらしい。反省だ。
「……さやか先輩。アドバイスありがとうございます。身にしみました」
俯きながらそうぼそりと言う。すると、
「でもローキくんは偉いですよ。こうして他人の意見を訊く場を自らもうけたじゃないですか。このおかげで未然に失敗を防げたわけです」
「そうだよ! これから新しいコメントを考えれば良いことじゃん! 落ち込む必要はないよ!」
珍しくなぎさも俺のことを励ましてくれる。
ヒロトはヒロトで、
「今回のスパチャが最後のスパチャってことはないんだろ? もっと気楽で良いんじゃね?」
と俺を気楽にしてくれるようなことを言ってくれた。
みんな、俺のことを心配してくれているらしい。
いつまでも落ち込んでばかりいちゃいけないようだ。
俺はしっかりと顔を上げ、
「新しいコメントを考えてみるよ。こういう方向性のコメはどう?」
と今頭の中でぽん、と浮かんだアイデアをみんなに話した。
それから図書室閉室時間の17時まで、俺たちは約一時間、延々とスパチャコメントの意見を出し合っていた。
結局、俺の人生初のスパチャコメントは、
『ダイヤちゃん、これが初めてのスパチャです! ちょっとドキドキしながらコメントしています! これからも応援し続けます!』
という至極無難なものに決まった。
俺としては平凡なコメントで、ちょっと不満気味だった。
けど、なぎさが「初々しさがあって凄く良い!」と絶賛、ヒロトは「ああ、俺もこういうコメントにすれば良かったな」と高評価な感想をくれたので、この路線で行くことにした。
さやか先輩も満足そうにうなずいた。
「新人リスナーさんが、自分の配信を注目してくれたというだけでVは嬉しいものなんですよ……と、思いますよ? きっと『かたじけない。今後のわらわの活躍をとくとご覧じろ』と言って喜んでくれますよ?」
「いや、俺が送ろうと思っているVはシャクヤクさんじゃなくてダイヤちゃんなんですが」
「さやかさん、さやかさん、また口調が――」
「ああ! 失敬。ぶ、Vとはこういう口調であろうか? という偏見をまた披露してしまった! 面目ない……じゃ、じゃなくて、ま、間違えてしまいました、ね?」
慣れない口調を無理矢理真似ようとして、調子を崩してしまったようだ。
いつもおっとりとして高嶺の花感を醸し出しているさやか先輩にも、こんなチャーミングな一面があるんだな、と知ってさやか先輩がますます身近に感じた瞬間だった。
で、結局俺は後日ダイヤちゃんの配信の時に、コースケさんにそのコメントをスパチャを投じてもらった。
ダイヤちゃんからは、
「わあー、新人さんだねー! ありがとう! これからもよろしくね!」
というちょっとテンションの高い返事をもらうことが出来た。
ダイヤちゃんに『ローキ』という存在を覚えてもらえたかどうかは分からない。
でも、俺はその時のダイヤちゃんの言葉を頭の中で何回もリピートして、そこから一週間は幸せな気分で毎日を過ごせたんだ。




