第一話「VTuberと付き合いたい!」
「バカじゃないの? キモ!」
朝のホームルーム前の教室は騒々しい。
昨晩見たTV番組の話をするヤツ、こんな短い時間でカードゲームに興じるヤツ、あわてて宿題を写しているヤツ、どういう流れか分からないけど数人で合唱しているヤツら、とまあ皆思い思いにこのひとときを過ごしている。
俺はと言うと深夜に観たVTuber、煌ダイヤちゃんの配信を思い出してはため息を吐いてまた思い出していた。
ああ、まさに神回だった。
ダイヤちゃんにしては珍しいアクションゲーム配信回。
そして、ダイヤちゃんは自キャラを操りながら、普段あまり上げないような叫び声や喘ぎ声を上げまくっていた。
『かわいい』
『たすかる』
『叡智すぎん?』
まさに永久保存版の回だった。実は配信終わった後も、アーカイブ化したそれを何度も見返してしまった。
そんなわけで今現在絶賛寝不足中なんだけど、頭の芯はダイヤちゃんの可愛さで埋め尽くされている。
今、俺の頭を切り開いたら『ダイヤちゃんダイヤちゃんダイヤちゃんダイヤちゃんダイヤちゃんダイヤちゃんダイヤちゃんだい(ry』って文字がでろでろと溢れ出てくることは間違い無い。
そんなわけで、心の声がするっと口から身体の外に出てしまったのは仕方が無いことだと思う。
「ダイヤちゃんと付き合いたい!」って。
俺のぼそりと呟いた独り言に「キモ」と即座に反応したのは、隣の席の村上なぎさ。
なぎさは顔だけをこちらに向けて、ものすごーく冷たい視線を浴びせてくる。
なぎさは俺の近所に住んでいて幼稚園からの知り合いで、現在高校二年に至るまで十二年連続クラスメイトと云う、たいして嬉しくもない記録を更新中のいわゆる幼なじみというヤツだ。
それだけの長い付き合いなので、言いにくいことを平気で行ってくるし、俺もそれについて気にしないくらい耐性が出来ている。
「ガチ恋ってヤツ? そーゆーのってやっかいオタクって言うんだよ。『ダイヤちゃん』って、確かローキがいつも言ってるVTuberでしょ? 絵じゃん? 画面の向こう側じゃん? 付き合えるわけないじゃん? 本当にキモい」
なぎさは「あっち行け!」と長い足をこちらに繰り出してくる。
俺は机とイスを微妙に移動してその攻撃を避けた。
ヤツの攻撃パターンはだいたい読んでいる。
これも腐れ縁のたまものってヤツだ。
ああ『ローキ』ってのは俺の名前。
吉岡朗希、高校二年生。自他共に認めるVTuberオタクだ。
「ダイヤちゃんは凄いんだぜ? この前Mステにも出たし、デビューアルバムはオリコン一位だったし」
「まあ……有名だからね。名前くらいは知ってるけど」
なぎさは不快そうな表情を浮かべて視線を逸らす。
そういう態度を取られることも慣れっこなので、俺は全く気にしない。
「歌だけじゃないぜ。トークも面白いし、ゲーム配信は上手くはないけどセンスが独特で笑えるんだ。それに外見が抜群に可愛い! 一番の推しだよ!」
「あっそ」
なぎさは不快そうな表情を二倍増し、三倍増しにして俯く。
と、その時。
「おいおいちょっと待てよ。彼女にするなら『うら先』一択だろ、『うら先』!」
そう言って突然俺の前に現れたのはヒロト。
ヒロトは俺のVTuberオタク仲間の一人。
そんでもってVTuber『うら先』こと『桜庭うらら』先生のファンをやっている。
桜庭うらら先生はドジっ子の幼稚園の保母さんという設定のVTuberだ。
設定と言いつつうら先はそのドジ、いわゆるPONは本物で、配信では毎回盛大なPONをやらかしリスナーをざわつかせてくれている。
垂れ目で優しそうな外見と、ふんわりとした豊満なバストも人気の一つであり、ヒロトはたぶんそっちの方に惹かれまくっているはずだ。
かく言う俺もうら先の配信はダイヤちゃんとともにしっかり観ていたりする。
「そう言えばうら先、この前新衣装になったよな。あの童貞抹殺する服みたいのめっちゃエロいよな」
「だろっ!? そうだろ!? 俺あの新衣装お披露目の配信みた時、画面の前で気を失いそうになったもんな!」
「それでもダイヤちゃんの方が一番だけどな!」
「ぬかせ! ……でもダイヤちゃんがいいのは俺も分かる」
俺もヒロトも最推しのVTuberがいるが、基本的には箱推しだ。
ダイヤちゃんもうら先も同じ企業VTuberで『パンタシア』というグループの一員。
俺とヒロトはその『パンタシア』全体のリスナーってわけだ。
だから俺とヒロトの間では言い争いは起こらない。互いの推しの良さも充分に分かっているからだ。
「俺は彼女にするならうら先だけど、ダイヤちゃんはどっちかっていう結婚相手だな」
「どういう理屈だよ。どっちかっていうとキャラ的に逆じゃねえの? まあ俺は彼女も結婚もダイヤちゃんだけどな」
「つくづくキモ」
なぎさが俺とヒロトのオタクトークにぼそりとツッコミを入れる。
でも分かって欲しい。こういうトークをしている時がめっちゃ楽しいんだ。
ファンの勝手な視点であーだこーだ言っている時が。
「じゃあさ、ダイヤちゃん以外であえて付き合うとしたら誰よ」
「そんな世界線はありえん!」
ヒロトの問いかけに即答した。当たり前だ。
俺がダイヤちゃん以外のVTuberを好きになることなんて、どの世界線でもどこかの異世界に生まれ変わっても、そして何回転生しようともあり得ん。
「だからあ! これはゲームだよ、一種の思考ゲーム。もっと頭を柔らかくして行こうぜ!」
ぐ。
ヒロトにきらきらとした真っ直ぐな目でそう言われると言葉に詰まってしまう。
まあ、俺もダイヤちゃん一筋過ぎて遊び心が足りなかった。
少しは柔軟に考えることにする。
で、だ。ダイヤちゃんの次にいいな、と思っているVTuberは誰なのか。
そう考えると、不意に頭の中にぽっと浮かんでくるVがいた。
「そうだな。『ねるね』かなあ」
「え?」
俺の発言にいきなり素っ頓狂な声をあげたのは、目の前のヒロトではなく隣の席のなぎさだった。