4話、伯爵様との逢瀬
私の懐妊がわかってから、3ヶ月が過ぎた。
半年目に入っている。もう、安定期なので兄さんのお屋敷にある庭園をゆっくりと散策をしたり刺繍に精を出したりしていた。季節は3月に入り、初春になっている。朝夕はまだ冷えるが、昼間はぽかぽかと暖かくなってきていた。
義姉さんやメイドのアニー、甥っ子達が代わる代わる様子を見に来てくれているし。そんなこんなで時間はゆっくりと過ぎていった。
ある日、アンドリュー兄さんが私の使う客室にやってきた。おもむろにこう言った。
「……ミリー、ケルン伯爵がいらしているぞ」
「え、本当に?」
「ああ、俺が応対をしていたんだが。どうしても、お前に会いたいそうだ」
兄さんは神妙な表情をしている。私は不思議に思いながらも、椅子から立ち上がった。そのまま、付いて行った。
たどり着いたのは、応接室だ。兄さんがドアを開けて、私に入るように促す。入口から向かい側のソファーにケルン伯爵が座っていた。
「……久しぶりですね、ケリア嬢」
「はい、お久しぶりです。伯爵様」
「ああ、私の事はダヴィッドで構いませんよ。ケリア嬢の事もマチルダ嬢と呼んでも?」
「構いません」
「なら、これからはマチルダ嬢と呼ばせてもらいますね」
ケルン伯爵もとい、ダヴィッド様は穏やかに笑う。やはり、美形の笑顔の破壊力は半端ないわね。
「マチルダ、ケルン伯を庭園にお誘いしてくれないか?」
「わかりました」
「ケルン伯、妹をよろしくお願いします」
「ええ」
「では、行きましょう」
私が促すと、ダヴィッド様はソファーから立ち上がった。兄さんに見送られながら、庭園に向かった。
庭園にはエレイン義姉さんが好きなチューリップや三色スミレの花がたくさん植えられている。今はそれが見頃になっていて、競うように咲き誇っていた。ダヴィッド様はその様子を目を細めて眺めている。
「とても、見事な庭園ですね」
「はい、義姉が手ずから花や木々の世話をしていますから」
「成程、夫人が」
ダヴィッド様はそう言って、私に笑いかけた。
「あちらに東屋がありますね、少し休みましょうか」
「はい」
ダヴィッド様は私に手を差し出す。そっと自身のそれを重ねると、思ったよりも力強く握られた。彼のエスコートを受けながら、東屋に行った。
ダヴィッド様とゆっくりと東屋にて、会話に花を咲かせていた。
「そう、マチルダ嬢はお腹の赤子が双子だと思うのですか?」
「ええ、医師のイェール先生がおっしゃっていましたし」
「ふむ、まあ生まれてこないとわからないものですがね」
ダヴィッド様はそう言いながら、苦笑いした。ちょっと困らせてしまったらしい。私はそれに気づくと、眉を下げながら言った。
「あの、すみません。ダヴィッド様に余計な事を言ってしまいましたね」
「いえ、私は気にしていませんよ。むしろ、あなたが懐妊中なのをもっと考えるべきでした」
「え?!」
「あなたがお子さんの事を考えるのは、人として当然の事です。ましてや、懐妊中なら」
「い、いえ。ダヴィッド様にしたらつまらなかったでしょうし」
私がなおも言おうとしたら、ダヴィッド様はゆるゆると首を横に振る。そんな仕草から、やはり私よりは大人なのだと思わされた。
まあ、6歳は年上だもの。奥様だっていらしたのだし。そう考えて、自分を納得させる。
「つまらないとは思っていませんよ。マチルダ嬢、夕方に近くなってきましたし。もう、中に入りましょう」
「わかりました」
ダヴィッド様に再び、手を繋いでもらう。ゆっくりと屋敷へと歩いて行った。
あれから、ダヴィッド様は来年の春になるまで王都に滞在すると手紙で知らせてきてくれた。約1年はこちらで過ごすらしい。何でも、私の出産が終わったら正式に婚姻式を挙げるとかで。これには驚いた。それでも、彼が私との事を真面目に考えてくれているのだと嬉しくはなったのだった。
私は、この日も刺繍に集中している。といっても、簡単な図柄ではあるが。今はチューリップの図柄に挑戦していた。
傍らには、エレイン義姉さんやアニーもいる。2人も無言で没頭していた。ちなみに、2人が挑戦しているのは三色スミレの図柄だ。
「……ふう、肩が凝るわね」
「本当ですね、奥様」
「マチルダもキリが良い所で終わってちょうだい」
義姉さんに声をかけられて、顔を上げた。針を止めて義姉さんやアニーを見る。
「義姉さん?」
「あんた、本当に無理はしないでよ。お腹の子供に何かあったら、さすがにケルン伯爵方に顔向けができないから」
「まあ、それはそうね。わかった、ここまでにしておくわ」
義姉さんに言うと、私は刺繍していた布から針を抜いた。玉留めを布の裏側にしたりしてから、針刺しに戻す。布もお裁縫箱の近くに戻そうとしたら、アニーが立ち上がる。
「お嬢様、布は私が戻します」
「そうね、忘れていたわ」
「今は無理は禁物ですよ、座っていてくださいね」
言われてしまうと、確かにと思った。今までは自分の事はなるべく、するようにしていたが。現在の状態では人に頼らざるを得ない。仕方ないかと諦めの境地に至っていた。
「ねえ、マチルダ」
「何?」
「あんたは、昔から人に頼る事を嫌っていたわね。けど、何でもかんでも1人でする必要はないのよ」
「義姉さん」
「まあ、たまには私や旦那様にも頼りなさいって事。もちろん、ご両親にもね。何だったら、ケルン伯爵にも。あんたは1人じゃないの」
義姉さんは、力強く言った。その顔には3人のやんちゃ盛りの息子を持つ母としての頼もしさがある。私は驚いて、義姉さんを見つめた。
「柄にもないことを言ったけど。あんたの体はもう、あんただけの物じゃないのよ。新しい命を育てているんだから。それは忘れないでね」
「……そうね、忘れないようにするわ」
「難しい話はこれでおしまいね。アニー、ちょっとお茶を淹れてくれないかしら」
義姉さんがアニーに声をかけた。アニーが気づいて、急いでやってくる。
「お茶ですか、わかりました!」
「マチルダの分は、妊婦さんも飲めるようなハーブティーね。まだ、紅茶はやめておいた方がいいわ」
「はい!」
アニーは威勢よく答える。テキパキと、お茶を淹れる準備を始めたのだった。
少し経って、私はエレイン義姉さんとお茶を飲みながら休憩をした。アニーは気を使って、軽食も持ってきてくれる。ちなみに、ハムやチーズが入ったスコーンや野菜がたっぷり入ったコンソメ味のスープだ。私はそれらを摘みながら、義姉さんと雑談をする。
「明日になったら、一番上の息子の
イアンが春期の休暇に学園が入るから。こっちに帰ってくるの」
「そう、会うのが楽しみね」
「うん、確か3週間くらいの休みだけどね。大きくなっているだろうと思うわ」
私はイアンが帰ってくると聞いて、にわかに嬉しくなった。あの子と会うのも約4年ぶりかしら。もう、背も高くなっていると思うと会うのが本当に楽しみだ。
「義姉さん、イアンはその。私の事は覚えているかしら」
「そりゃあ、覚えているわよ。忘れていたら、無理にでも思い出させるわ」
「さすがにそれは、物騒ね」
苦笑いしながら言うと、義姉さんはいたずらっ子のような表情になる。
「冗談よ、イアンがマチルダを忘れるわけがないわ」
「それもそうね」
「ま、イアンの事もいいけど。ケルン伯爵は明日もいらっしゃるみたいね」
「うん、手紙にはそう書いてあったわ」
「なら、イアンや下の子達にも伯爵に挨拶をさせるわ。せめて、それくらいはしておかないとね」
私もそれには同意した。その後もエレイン義姉さんと、話をしたのだった。