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第1話「気が付けば異世界」4

「分か……ったわ、道中よろしくね、クリス」

 

 仮にも王族が相手という事で葛藤しながらも、映美は笑顔でクリスの要望に応える。相手の身分、この世界の正体、現在の状況、そしてクリス本人の発言。色々な要素が絡み合う中での葛藤であったが、最終的に映美にその決断をさせたのは至極単純な情だった。目の前のクリスの希望に応えたい、という優しい思いであった。


 それを聞いた当のクリスは、要望を出した側にもかかわらず少しの間惚けていた。が、直ぐに気を取り直すと口を開く。


「……ああ。よろしくな、エイミー。折角私の希望に応えて友好的に話してくれたのに、惚けてしまってすまない。今までにも何度か、人に似た様な事を頼んだ事があるのだが、殆ど皆が、私が王家の人間である事を理由にそれを聞いてくれなかったのだ。それ故に、先程の君の言葉があまりにも意外でな。そういう訳で、どうか礼を言わせてくれ。ありがとう、エイミー」


 クリスが嬉しそうにそう話すのを聞き、映美も心から嬉しくなっていた。元来友人が少なく、大人になってからはその少ない友人とも疎遠になってしまっていた映美にとって、このように人を笑顔にする事は久し振りだった。無論、心からの礼を言われる事も。


「いえ、気にしないで。貴方とこうやって話せるのは、私にとっても嬉しい事なんだから。……だって、一国の姫君とこうして対等に話が出来るなんて、そうそう経験出来るものではないもの」


 自身の思いのそのままを口にしていた映美であったが、途中で恥ずかしくなったのか尤もらしい理由を言って誤魔化してしまう。


(本当はクリスという優しくて誠実で、そして美しい個人と仲良く話せる事が嬉しいんだけど、そんな告白じみた事を初対面の相手に言える程、私の面の皮は厚くないわ)


「ははっ、違いないな。だが、私の母や妹達と会話する際にはくれぐれも気を付けてくれ。私は今の様に話してくれるのは寧ろ嬉しいが、それが決して一般的ではない事も分かっている。故に、人目に付く場所では私との会話もある程度敬意が感じられるものにして欲しい。我儘を言ってすまないが、私も一応王家の一員なのでな」

 

 映美の誤魔化しを知ってか知らずか、クリスが笑顔で話す。お互いが冗談じみた事を言って笑い合う。そんな経験も本当に久し振りであり、異世界に来ているという本来は異常である筈の状況であるにもかかわらず、映美は心の底から楽しいと感じていた。


「ええ。承知しておりますわ、麗しのクリスチーナ様」


 あまりの楽しさに思わず悪乗りした映美がふざけて言う。しまった、と思う映美であったが、当のクリスは穏やかな笑顔を浮かべたままだった。映美がそうであった様に、クリスにとってもこの様な時間は本当に久し振りなのであった。


「あっはっは。君は思ったよりも愉快な人なのだな。こんなに楽しい気分は久し振りだ」


 言葉通りに楽しそうに笑いながら、クリスが言う。それを聞きながら、映美は考えていた。


(そうやって楽しそうに笑ってくれるのは嬉しいけど、本当は違うの。本当の私は根暗で、コミュニケーションが苦手で……。ただ、貴方が笑ってくれるのが嬉しいから何となく……)


 そこまで考えた時、映美はある事に気付く。


(いや、違うのかも。本当の私はクリスが言ってくれた様に意外と愉快な人間で、それを出せる相手に恵まれなかっただけなのかもしれない。だって、小説を書いてる時とか、妄想している時の私は結構明るい感じだし……)


 そうして思考を重ねるうちに、映美はまた何かに気付く。


(いや、そもそも人の性格というか、心の中を一つの言葉で纏めるなんて出来ないんだ。人と上手く話せなかったのも私だし、意外と明るいのも私だ。そして、偶然出会ったこのクリスが、偶々私の明るく愉快な部分を曝け出せる相手だった、という事なのね)


 こうして映美がいきなり脳内で哲学をしている間、クリスはその表情をただ眺めていた。最初にそれがやや曇った際には失言をしたのかとも思ったが、その後の表情の変化により何かを考えている事が分かり、後はそれを見守っていた。


 仮にも一国の王女であり、騎士団の長でもあるクリスは、人の表情や仕草から内心を読み取る事に長けていた。無論、考えている事の詳細まで見抜けるという訳ではないが、その職務を遂行する上でも、こうして友人を見守る際にも役に立つ力であるとクリス本人は思っていた。


 自身が無駄に考え事をした結果、数十秒から一分程の間が空いてしまった。そう考えた映美は、次の言葉を発する事が出来ずにいた。自身の愉快な部分を出せる相手と出会えたとは言え、コミュニケーションを取る能力が急上昇した訳ではない。こういった場合にどう話せば良いのかを、映美は知らなかった。それを察したかの様なタイミングで、クリスが口を開く。


「さて、そろそろ村へ向かうとしようか。このまま話していたい気持ちもあるが、こうして平穏に見える平原にも虫や獣は居る。私はどちらも問題にはしないが、君もそうとは限らないだろう」


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