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第1話「気が付けば異世界」3

 自身を気遣うクリスの言葉を聞き、映美は自身の胸が痛むのを感じた。優しさと誠実さを感じる相手の言葉に対し、此方は自身の名ですら偽っている。やむを得ない事情があるとはいえ、その事は映美の心を少なからず苛んだ。


「いえ、悪いですし。場所を教えて頂ければ、自分で歩きます」


 嘘を吐いた負い目からクリスの優しさに甘える事に気が引けた映美は、その申し出を断る。だが、その心情どころか偽られたという事さえ知る由も無いクリスにとって、それは大層意外な事だった。故にクリスは当然その理由を考え、そしてそれに思い当たる。


「いやいや、私は別に怪しい者ではないぞ。確かにこの様な場所に一人で来るのは偶然にしては出来過ぎていると思われるかもしれないが、先程述べた事は全て事実なのだ。だからそう警戒しなくても良い」


 やや慌てた様子でクリスが釈明する。その様子は少しだけ滑稽で、映美の心を僅かに和ませた。だがやはり誠実さを感じさせる言葉であり、元来無駄に考えてしまう性質である映美はそれと自分をまた比べてしまう。


「いえ、そういう訳では……。ただ――」


「では遠慮しているのか? もしそうであるなら、悪い事は言わないから乗って行った方が良い。此処から一番近い村であっても、歩きでは日没までに辿り着けるか分からないからな」


 その引け目から遠慮する映美の言葉を遮り、クリスが映美に忠告する。その言動を目の当たりにした映美は考えていた。


(思ったよりも強引なのね。正義感が強く、優しくて誠実な女性。そんな設定だったと思うけど、まあ人の心なんてそんな単純なものじゃなくて当然か。というか、こうして実際に生きていて自分の意思で動いている相手を、自分の創造物みたいに思っちゃ駄目よね)


 クリス自身の事からそこまで考えを広げた後、続いて映美はクリスの言葉の内容について考える。クリスの言葉に嘘は無いと考えれば、村まで歩く事は実際に難しいだろう。革靴で草原を歩く事になど慣れている訳が無いし、そもそもそんな長時間歩ける程体力に自信は無い。そして当然、この平原で夜を明かす事など出来はしない。であれば、気が引けるだのと言っている場合ではない。そう思った映美がクリスの言葉に甘えようとした時だった。


「と、言うかだな。此処で君を置いて帰るというのは、私の騎士団長としての正義に反する事なのだ。故に、どうか私を助けると思って、共に村まで来てくれないか」


 映美が黙して思考している間、返事が無かった事に痺れを切らしたクリスが続けて言う。高貴な生まれの完璧超人。それが出会った当初の様子と小説上での設定から、映美がクリスに抱いていた印象であった。だが実際には意外と可愛い所もある。そう映美には思えた。


「……分かりました。最寄りの村までがそんなに遠いのであれば、確かに私の足では辿り着くのは難しそうですね。王家の方と馬に同乗するなんて畏れ多い事ですが、お言葉に甘えさせて頂きます。私は馬に乗った事もありませんのでご迷惑をお掛けしてしまうかと思いますが、宜しくお願い致します、クリスチーナ様」


 王族であるクリスに対してなるべく失礼の無い様に映美が言う。とはいえ、あまりにくどい敬語はクリスも好まないとの推測からある程度の敬意表現に抑えてはあるが。それを聞いたクリスは、少し困った様な表情を浮かべながら口を開く。


「分かってくれたか。騎乗に関しては心配しないでくれ。パトリシア……私の馬は二人乗りでも問題無く走れる健脚であるし、君は私の前でただ跨っていれば良い。それと……そんなに畏まらないでくれると嬉しい。この身が仮にも王族である故に周囲の者は皆、私に失礼の無い様にと接するが、私は堅苦しいのが苦手なのだ。だから、こうして人目の無い時にはもっと友好的に……いや、初対面の相手にこの様な事を言われても困ってしまうか」


 そこまで話した所で、クリスは一度間を空ける。その間に、クリスの話を聞いた映美は考えていた。


(確かに名前や設定は私の小説と同じかもしれないけど、この世界を私が作ったという訳ではない気がする。私の中のクリスチーナは、優しくて誠実なのは同じだけど、もっと厳格で少し高飛車なくらいのイメージだった。小説に於いて直接描写されていない部分が読者の想像に委ねられている様に、この世界やそこに住む人物にもそう言った余地があるんだろう)


 映美がそんな事を考えていると、クリスが続けて口を開く。


「まあ、話し方に関しては君が思う様にしてくれて良い。だが、先程も言ったが呼び方はクリスで良い。呼び捨てが気が咎めるならば敬称を付けてくれも良いが、クリスチーナ様はやめてくれ。自分の名が嫌いな訳ではないが、公の場以外でその呼ばれ方をするのはこう、背中が痒くなってしまうのだ」


 その外見や立ち振る舞いからは相変わらず高貴さが滲み出てはいたが、そう話すクリスの姿に映美は親しみやすさを感じ始めていた。元々人付き合いが得意ではない映美だったが、こうしてフランクに接してくれるクリスとなら仲良くなれるかもしれない。相手が一国の王女である事を一時棚に上げ、そう思うのだった。

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