第2話「平和なロータス村」5
更なる思考を重ねる内に、映美は状況を丸く収められるであろう方法に辿り着く。それは可能ならば選びたくはない手段であったが、他に方法を思い付かない事と、決して嘘を吐く訳ではないという事から、映美は自身を納得させる。
「……ごめんなさい、ミントちゃん。私はね、あまり故郷に良い思い出が無いの。名前を出したくない、という程にね。だから、とても遠くから来た……とだけ言っておくわね」
その映美の言葉を聞き、クリスとミントは暫し言葉を失う。
(……こうして場の空気を暗くさせちゃうから、出来れば使いたくなかったのよね。でもこう言えば、優しいこの二人なら、きっとこれ以上の追究はしないでくれる筈。少し心は痛むけど、嘘は一切吐いていないし、仕方が無かったと思いましょう)
映美がそんな事を考えている間、クリスとミントもそれぞれに物思いに耽っていた。両者にとっては、共通して故郷は温かいものであり、映美の言葉は信じ難いものであった。だが、映美は嘘を吐く様な人間ではない。短い付き合いながら、それもまた両者の共通認識であった。
「……私こそごめんなさい、エイミーお姉さん。その……私はこの村で幸せに生きてるから、エイミーお姉さんもそうなんだって、勝手に思っちゃったの」
クリスが言葉を選んでいる内に、ミントが肩を落として映美に謝る。
「大丈夫よ、気にしないで! 確かに故郷は私にとって良い所ではなかったけど、今こうして優しい貴方達と出会えて、私はとても幸せだから」
ミントの落ち込んだ様子に、映美が慌ててそう口にする。起こり得るリスクへの対策として先程の様に答えたが、ミントに嫌な思いをさせる事は当然ながら映美の本意では無かった。
「……うん! 私もエイミーお姉さんと会えて嬉しいよ。このロータス村はすっごく良い所だし、みんなもすごい良い人だから、もし良かったら、ここに住んでも良いと思うよ!」
そのミントの言葉を、かつて聞かされた数々のそれと比較して、映美は甚く感動していた。何の悪戯でそうなったのかは分からないが、今この世界に居られるを映美は心から喜んでいた。
「ありがとう、ミントちゃん。今はまだどうするかは分からないけど、もしそうなったらよろしくね」
「うん!」
そうして映美がミントに礼を述べると、ミントは満面の笑みで頷いた。それを見て、暫く沈黙を貫いていたクリスが口を開く。
「私も……今までに多少の苦労はあったが、この国に生まれた事を悔やんだ事など一度も無かった。だから君の過去については、私には同情する事も出来ない。だが、この国では君が幸せな生活を送れる事を、このイースト王国第一王女、クリスチーナの名に於いて約束しよう」
クリスが堂々と口にしたその言葉を聞いて、映美は更なる感動を覚えていた。
(か、格好良い。そして優しい。勿論、心からそう言っていて他意は無いのだろうけど、私の事を落とそうとしている。そう思っちゃう位の格好良さと優しさね)
「わあ、クリス様、かっこいい!」
映美と同様の感想を抱いていたミントも、思わずそう口にしてしまう。
「……茶化さないでくれ」
そう苦言を呈するクリスだったが、その表情は満更でもないというものだった。
「……温かいお言葉に感謝致します、クリスさ――」
「私とミントだけの前では、そう畏まらなくても大丈夫だ」
クリスの王女としての厚意に映美が礼を述べようとするが、それをクリスが遮る。確かにミントもクリスに対して敬語は使っていないが、それは子供故にだろう。そう思っていた映美は少々意外に思うが、本人がそう言うのであれば遠慮する必要は無かった。
「……分かったわ。貴方の厚意は本当に嬉しいけど、そう甘えてばかりもいられないでしょう。今日はこのまま泊めて貰うとしても、後は――」
改めて話し始めた映美の言葉を、クリスが再び遮る。それが失礼な行為だという事は無論承知の上であったが、時には礼儀よりも大切な事がある事も、クリスは承知していた。
「エイミー。君の故郷では違ったのかもしれないが、我がイースト王国では、困った時に助け合うのは当然の事なんだ。たとえそこが君にとって良い場所ではなかったとしても、君が慣れ親しんだ故郷から、突如見知らぬ土地に迷い込んでしまったのは事実だろう。そんな人に手を差し伸べないのでは、私は自らの生きる意義さえ失ってしまう。だが、それでも気が咎めるのであれば、後で何か仕事を紹介しよう。それなら構わないだろう?」
クリスが真剣な面持ちでそう話すのを聞きながら、映美は思っていた。
(こう何度も人の話を遮るなんて、やっぱりちょっと……いえ、かなり強引なのね。そして、自分の信じる正義を一切疑っていない。人にはそれぞれの事情や考えがあるのに……)
表層上の意識ではそう思いながらも、実際には映美はそれを一切悪い事として受け取ってはいなかった。ただ、初対面であるにもかかわらず、自分にこうして本気で手を差し伸べられる。それは映美の常識では考えられない事であり、それ故に、それを受け入れる事を頭が無意識に拒んでいるのだった。




