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第1話「気が付けば異世界」1

 しがないアマチュア小説家である橋詰映美が目を覚ました時、眼前に広がるのは見知らぬ天井、もとい見知らぬ空であった。自身の背中から後頭部に感じるのは草の感触、鼻に届くのは青々とした草の匂い、耳に届くのは聞き覚えの無い鳥のさえずりと虫の声だった。


(え? 何これ、どういう状況?)


 取り敢えず上体を起こした映美は自身の置かれた状況を把握しようと必死で直前の記憶を辿るが、寝起きの頭では芳しい成果は得られなかった。五感に与えられるあまりに生々しい感触はこれが夢でない事を表しており、映美は自身が最も信じたい可能性を当初から否定されてしまっていた。


(何が起きて今こういう状況かは分からないけど、先ずは今の状況を把握しよう)


 そう考えた映美は先ず、自身の身体の状態を確かめる。少なくとも五体満足ではあり、特に強い痛みを感じる様な部位も無かった。頭の方も問題は無いようで、自身の名前や住所、生年月日に家族構成までも思い出す事が出来、記憶が無いのは自分がこのような状況になる前後の事だけだった。


 自身の状態を把握した映美が今度は周囲の状況を探る。見渡す限りに草原が広がり、疎らに木々が茂っている。見上げれば雲一つ無い青空が広がり、暖かな日差しはこんな状況でなければ昼寝をしたくなる程に穏やかであった。


(この状況だと、私の服装は完全に浮いているわね)


 自らが身に纏う黒のスーツとタイトスカート、それに相応しい革靴を眺めながら、映美はそう思った。この格好をしているという事は仕事中、或いは通勤中に何かがあったという事だろうか。そんな事をぼんやりと考えていた映美であったが、そこで漸くある事実に気付く。


(私に此処に来た記憶が無いという事は、誰かに連れて来られたっていう事よね……!)


 そう思った映美は周囲を改めて見回す。素の視力はそう良い方では無かったが、相棒とも言える眼鏡のお陰で矯正された視界は良好であった。だが見渡す限りに人影は見えず、カメラの類もまた見付からなかった。


(観察じゃないなら一体何の目的で私をこんな所に……。そもそも周りに一切の人工物が見えない平原なんて日本にあったかしら)


 そんな事を考えているうちに頭が冴えて来たのか、映美はある事に気付く。


(そうだ、スマホ!)


 大事な事を思い出した映美が自らの全身をまさぐるが、目的の物が見付かる事は無かった。寝ている間に落としたのかと周囲を探しても同様であった。


(……そうか、鞄の中だ)


 落胆と共に鞄を求めて周囲を見渡すが、それが無い事は既に分かっていた。途方に暮れながらも、映美はまた新たな事実に気付く。


(こんなに異常な状況なのに、何で私はこんなに冷静なんだろう。普通に考えればもっと取り乱してパニックになるか、もしくは泣き出してもおかしくないよね)


 そう考えると、やはりこれは夢であると映美には思えて来た。五感のあまりにリアルな感触も、それも含めて夢だと思えば納得出来ない事も無い。そう考えた映美は身体を地面に投げ出すと目を閉じる。夢の中で眠れば、きっと逆に目が覚める筈である。


 とはいえ人はそう直ぐに眠りに就ける訳ではない。折角だからと映美はこの状況を楽しむ事にする。仕事と執筆に追われる毎日では、こんな風に草原で寝転がるなどまさに夢のまた夢であった。


(日差しが気持ちいい。日常であれば少し鼻に着く匂いかもしれないけど、それから解放されている今はこの草の匂いも悪くないかな。執筆でもしていたら騒音としか思えない鳥や虫の声も、風情があって良いものに聞こえる。あ、良い風が吹いた。本当に気持ちいいな)


 開き直った映美が目を閉じたまま見知らぬ自然を楽しんでいると、やがて何か、やたらとリズムの良い異音が聞こえ始める。


(何の音かしら?)


 そう思ったのも束の間、その音は徐々に近くなり、やがて振動を伴う様になる。何かが近付いて来ている。そう思った映美は目を開き、身体を起こす。音は地面に反響していたために正確な方向が把握し辛かったが、辺りを見渡すとその発生源を見付ける事が出来た。


(白い馬が此方に近付いて来てる……。私を此処に連れて来た人だろうか? でも……何だか絵画的で綺麗だわ……)


 白い馬に跨った何者かが自身の方に向かって来るのを見て、映美はそう思った。白い馬というだけでもやや神秘的に感じられたが、やがて見えて来た騎乗者の姿はその感覚を更に強めるものだった。


(すっごい長いブロンドの髪……女神様みたい)


 自分が置かれている状況さえも忘れた映美がその姿に見惚れていると、目の前まで来た騎乗者が映美に声を掛ける。


「やはり人だったか。この辺りでは見ない格好をしているな。外国の者か? 言葉は分かるか?」


(日本語!?)


 声を掛けられた事で我に返った映美が最初に思ったのはそれだった。馬上から声を掛けて来た金髪の女性はどう見ても日本人ではないが、その言葉は違和感の無い流暢な日本語であった。尤も、その姿や状況と合わせれば違和感しか無かったが、現状では夢を見ていると判断している映美がそれについて深く考える事は無かった。


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