第6章 第2話 人生の転換点 2
「ジン、帰るよ」
「やだ……ずっと早苗といる……」
メイド会議が終わり未来と共に早苗の部屋に行くと、ジンがベッドの上で早苗を抱きしめていた。
「わがまま言わないの。早苗に迷惑かかるでしょ?」
「斬波、いいじゃないですか。ジンくんの好きなようにさせてあげましょう?」
一見ジンのことを考えたような早苗の言葉だが、当の本人はえらいほくほく顔でジンの頭を撫でている。普段甘えることないからうれしいんだろうな……。
「早苗、そんなことしてても解決しないでしょ? 成績を上げたいんだったら勉強する。成績にこだわらないならさっさと立ち直らせる。今のままじゃどんどん早苗に依存しちゃうよ」
「依存……いいじゃないですか……ぇへへ……」
この馬鹿、感情のままに生きすぎでしょほんと……!
「それにジンくんは今心の病気を患っているんです。そんな人を無理矢理立ち直らせるのは間違っています」
「それは……そうだけど……」
確かにジンは今まで誰かに甘えてきたことがないのかもしれない。周りが敵だらけのサバンナで、一匹の獣が生きるには常に気を張る必要がある。そんな状況から保護された獣を人間に戻すには多少の甘えは……。
「じゃあ……今日だけだからね……」
「何を絆されているんですかっ!」
ジンのことを考えて思わず了承してしまった私に未来が声を上げる。
「だいたい心の病気ならカウンセリングを受けさせるべきです! ジン様は今定期的のカウンセリングもサボっています! 適切な処置を施すためにも一度お医者様にかかるべき! そうではないですか!?」
やばい、未来の言っていることが100パー正しい。ジンは虐待や虐めを受けていたことから週に一度はカウンセリングを受けている。でもそれをサボって早苗から離れなかったのは事実。それに依存だって充分心の病気。このままではいけないのは確かだ。
「ジン。あなたの考えていることはよくわかる。早苗の隣にいるには。自分が園咲家に貢献できることは勉強しかないって思ってるんだよね。でもそれはただの願望で、勉強なんかできなくたってみんなは受け入れてくれるってのも自覚してる。でもそれに甘えないためにも勉強だけは変わらずがんばろうって思ってきたんだよね。それでも残念な結果になっちゃって、心が辛いんだよね。よくわかるよ」
ジンが早苗を抱きしめる力が強くなる。当たってるんだ。完全に。
「ジンが早苗に甘えたい気持ちはよくわかる。胸ふかふかだもんね。いい匂いするもんね。優しく抱きしめてくれるもんね。わかるわかる。すっごいよくわかる」
「斬波さん?」
「ごほん。でもジンの良い所って努力することでしょ? 私にも言ってたじゃん。自分は努力してきたって。その良さを捨てちゃったらそれこそジンが早苗の隣にいる資格がなくなっちゃうよ。だからさ、すごいがんばらなくていい。ちょっとずつちょっとずつがんばってさ、立ち直っていこ?」
「……うん」
ジンが小さくうなずき、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
「俺……がんばる……がんばって……早苗を幸せに……」
そして杖も持たずにトボトボと。早苗の部屋から出ていってしまう。少し見えたその表情は死にそうなほど辛そうだ。
ジンにとって勉強は成り上がるための武器。それを失くした今、ジンはどうするのか。
もしかしたらジンは私が想像している以上に。人生の転換点に立っているのかもしれない。