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第5章 第6話 仕事

「またあなたですか。何の用ですか?」



 杏子さんに助言をもらった後斬波と共に早苗の部屋を訪れると、再び未来さんが部屋の前で立ちふさがる。やはりその目は俺を睨んでおり、敵意がありありだ。



「安心しろよ。今回は早苗に会いに来たんじゃない。未来さんと話をしに来たんだ」

「申し訳ありませんがお話することはありません。早苗様の教育に忙しいのでまたの機会に」

「お前、なんで俺のこと嫌ってるんだ?」



 直球に攻めると、未来さんは一瞬硬直する。そして俺から目線を逸らして口を開く。



「別に嫌ってなどいませんし、好き嫌いで行動していません。あくまで私は仕事をしているだけです」

「俺はこう質問したんだよ。なんで俺のことを嫌ってるんだって。嫌っていないなんて言葉は求めていない。理由を訊いているんだ」

「…………」



 未来さんの口が何かを言おうとして開かれるがすぐに閉じられ、それでもプルプルと震えながら再度開かれる。



「……私は間違っていません」

「何がだ?」

「……だから!」



 そしてようやく俺の顔を正面から捉えた。



「あなたのようなまともじゃない人を警戒するのは当然でしょう!?」



 結局はこういうことだった。さすがは親戚と言うべきか。寺門とよく似ている。いや、それが武藤家の意思か。



「あなたは貧乏人で、家族は犯罪者で、まともな教育を受けておらず、それでいて園咲家に気に入られているっ! そんな人を信用できるわけがないっ! 人を騙すことに長けていて、園咲家を乗っ取ろうとしているっ! そう考えるのが当然でしょうっ!?」

「……ちょっと。失礼すぎるんじゃない?」



 未来さんの心からの叫びを聞き、斬波が俺の前に出ようとする。それでも未来さんは止まらない。



「だいたいあなたが悪いんですよ斬波さん! あなたは武藤家当主長女として、武藤家次期当主筆頭候補を守らなくてはならない立場だった! それなのに絆されて、あろうことか監視対象の付き人になったっ! ……自分の立場がわかっているんですか。あなたの身勝手な行動は数百年の歴史、数千人の雇用に影響しているんですっ!」

「わかってるよ。そしてその問題が解決して、信頼できる人間だってわかったから付き人になった。それに何の問題があるの? 何も知らない癖に偏見だけでジンのことをしないでよ!」

「斬波、命令だ。下がれ」

「……はい」



 斬波を下がらせ、一度ため息をつく。



「お前の言っていることは間違ってないよ。傍から見たら俺が怪しく見えて当然だ。武藤家が俺を疑うのを失礼だなんて咎めるつもりはない。それが仕事だからな」

「理解していただけて何よりです。それでは失礼します」

「待てよ。武藤家のことはわかったが、お前個人の話は終わっていない」



 あぁ、こんなことを言おうとしている自分が嫌いだ。でも言わなくてはならない。それが俺の仕事、ってやつだからだ。



「お前、仕事辞めろ」



 斬波を悪人にはできない。敵にはできない未来さんも同様だ。ならば俺が正面からぶっ壊すしかないだろう。



「……は?」

「単純にお前、仕事ができないんだよ。そんな奴が早苗の付き人なんて認められない。荷物まとめて田舎に帰れ」



 未来さんの怒りが爆発して漏れ出しそうになる。その前に俺は続ける。



「お前の仕事は早苗の付き人だ。俺を監視することじゃない。それなのに後者の比率が大きすぎるんだよ。それってつまり仕事ができてないってことだろ?」

「それは……!」


「それに敵意を全く隠せていなかった。斬波は上手かったぞ。ついさっきまで俺のことを嫌ってるだなんて知らなかった。捜査対象に存在を知られてる警察官がどこにいるんだよ。そんな目で見られたらこっちも警戒するに決まってる。つまり尻尾は出さない。俺を疑うのは構わない。だがお前がいる限り、俺はボロを出さずに隠れて園咲家を乗っ取ろうとする。お前の存在は武藤家にとって害悪なんだよ。斬波、当主に連絡しろ」

「かしこまりました」



 俺の指示に従い、斬波がスマートフォンを取り出す。その瞬間未来さんが俺の視界から消え、足もとで膝と額を床に擦りつけていた。



「申し訳ありませんでした……! どうか、どうかそれだけは勘弁してください……!」

「ってもな。お前が現状使えないのは確かだ」

「わ、私は失敗するわけにはいかないんです……!」



 土下座する未来さんの身体と声が小刻みに震える。



「私の家は催事や祭でしか本家に関われない……いわゆる閑職です……! その私が……園咲本家次女の付き人になれた……。絶対に失敗するわけにはいかないんです……! ここで失態を犯せば、もう、私たちは……!」



 相変わらず園咲家や武藤家のことはわからないことだらけ。どういうシステムでできているのかわからない。



 ただわかるのは、未来さんが不遇な家の生まれで、それでもいつかチャンスを掴もうと努力してきたということだけ。でなければ全国2位になんかなれるはずがない。つまり、俺と同じ状況だった。



 そんな恵まれない環境にいた未来さんを切り捨てて、何が夢だ。



「……俺はここに来て1ヶ月。お前は1日だ。お互いゆっくりやってこうぜ。色んなことを、学びながら」

「はい……ありがとうございます……!」



 土下座を続ける未来さんの横を通り抜ける。彼女のことは斬波が面倒を見てくれるだろう。俺の付き人なんだから俺の意志に添うに決まっている。



 だから俺は俺のできることをやる。扉を開き、早苗に会いに向かった。

次回で第5章プロローグ編終了になります! おもしろい、続きが気になると思っていただけましたら☆☆☆☆☆を押して評価を、そしてブックマークといいねのご協力よろしくお願いします。

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