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第9章 第11話 混濁

「早苗、一緒に寝てもいいか?」

「ジンくんっ!?」



 教科書をもらうのも忘れ、瑠奈さんの部屋から逃げるように去った俺が向かったのは早苗の部屋。眠そうに目を擦りながら出てきた早苗が目を見開いて後ずさる。



「ちょ……ちょっと待っててくださいね……やだ……恥ずかしい……」



 夜俺に会いに来るときは決まってネグリジェだが、今は白いシャツにホットパンツというラフな格好。身体を隠したり顔を手で覆ったりしてなんか悶えている。



「そ……その……外にいさせるのも悪いので……どうぞ入ってください……」

「ああ……ありがとう」



 どうにかして着替えようと模索していた早苗だが、諦めたのか俺を部屋に招き入れる。そして部屋の電気を消し、俺を車椅子の上からベッドに寝かせるとその横に入ってきた。



「珍しいですね……ジンくんの方から訪ねてくるなんて……。いえ……うれしいのですが……」

「ああ……ちょっとな……」


「よかったです。未来さんがいなくて。もしいたら何を言われるかわかったものじゃありません」

「確かにな……」



 布団に入りながら数度言葉を交わす。次第に声が小さくなっていき、早苗が俺の身体に抱きついてくる。そしてそれからそう時間がかからず、早苗の唇が俺の唇と重なった。5分、10分と貪るようなキスが続く。その間俺の頭にあったのは目の前の早苗ではない別の女性。あの言葉が、脳にこびりついて剥がれない。



「俺……早苗のことが好きじゃないのかもしれない」



 息継ぎで早苗の口が俺から離れたタイミングで。我慢ができず、俺はそう口にした。



「俺は早苗が大好きで……ずっと早苗と一緒にいたいのに……キスをしたり、そういうことをしたいとは思わない。思えないんだ。それってやっぱり……ほんとに好きってことじゃないのかな」



 暗くて目の前の早苗の顔も見れない。いや、今まではこの距離ならしっかりと確認できたはずだ。だが今では黒く濃いモヤがかかったかのように、見えない。何もかも。



「……誰にそんなことを言われたんですか」



 俺が自分からその考えには至らないと看破したのだろう。早苗の言葉に俺はしばし躊躇う。早苗と瑠奈さんでは立場が違う。これで正直に言って瑠奈さんが追い出されるのは嫌だ。それに玲さんが俺のことを好きなんて話は到底できそうにない。でもいくつか言わないと、話しようがない。



「瑠奈さんから……ちょっとな。俺のことを想ってのことなんだろうけど……俺が早苗と付き合ってるのは恩とかそういった気持ちで……ほんとに好きなわけじゃない、って。それで俺は……その通りなんじゃないかって……思った」



 そもそも俺が早苗を好きになった理由が、俺のことを幸せにしてくれるから。これが間違っていることくらいは俺にだってわかっている。だから俺は本来……早苗に別れを切り出した方がいいのだろう。本当に好きじゃないのなら、俺に早苗の彼氏や夫でいる資格なんてない。



 でもそれはつまり、早苗から離れなければならないということ。それだけは、嫌だった。何をどう間違えようが、その気持ちだけは間違いない。でも俺が我慢すれば斬波や玲さんは幸せになって……。それが……。



「俺は……みんなに幸せになってほしい。早苗も斬波も玲さんも……。俺が大好きな人みんなに……幸せに……。早苗……俺はどうすればいいのかなぁ……?」



 考えても考えても答えは出ない。その代わりに溢れてきた涙と共に、俺は早苗に答えを求めるのだった。

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