第5章 第4話 快楽堕ち
「騙しましたねっ!?」
クレープを食べる約束をしたと言って早苗を厨房に連れ出したところ、誰一人として人がいなかったことでようやく嘘だと気づいた未来さんが吠える。
「いや違うって。後から来るよ。それともそんなにクレープ食べたかった?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「お、おまたせしました……」
顔を真っ赤にして未来さんが怒っていると、控えめな挨拶をしながら1人の少女が厨房に入ってきた。横目で斬波を見ると、スマートフォンをスカートのポケットから出して見せてくる。本当に優秀で助かる。
「ほら、俺嘘ついてなかっただろ?」
「そ、そうですね……申し訳ありません……。そしてはじめまして、玲様。本日より早苗様の付き人となった武藤未来です」
「こ、こちらこそ……よろしくお願いします……」
未来さんに挨拶され、メイドよりも深く頭を下げるのは園咲玲さん。早苗の妹で、園咲家の三女の高校1年生。容姿は早苗とよく似ているが、天然はつらつお嬢様の早苗とは対照的に人見知りで、前髪を伸ばして他人と目を合わせないようにしている。
「そんなにかわいいルナに会いたかったんですかー、せんぱいっ」
「めちゃくちゃ会いたかったよ」
そしてそれに遅れて厨房に玲さんのメイドの武藤瑠奈さんがやってきてかわいらしく両頬に人差し指をつけながらウィンクしてくる。適当に返事をすると、隣の早苗さんが怖い目で見つめてきた。それから目を逸らすように玲さんに話しかける。
「俺クレープ食べたことないんだけど、ここでできるもんなの?」
「う、うんっ。クレープメーカーあるし……フライパンでもできるよ……。ちょっと待っててね、お義兄さん……」
そう言うと玲さんと瑠奈さんはテキパキと準備を始める。俺も手伝いたいところだが、生憎知識が全くない。粉に薬以外の種類があることを最近知ったほどだ。おとなしく少し離れて待つ。だがそれに未来さんが待ったをかけた。
「園咲家の方に料理をさせるなどできません! 私が作ります!」
「だ、大丈夫……。れい、パティシエになるのが夢だから……」
「パティシエ!? 貴方様は園咲家の人間なのですよ!? それなのになぜ……!」
「うん……。でもそれが、れいのどうしてもやりたいことだから……我慢できないことだから……仕方ないの」
目線こそ合わせないが、はっきりとそう告げることのできた玲さんのことが妙に愛おしくなり、不躾ではあるが未来さんを杖で軽く叩き下がらせる。
「そんな……パティシエなんて……おかしいです……」
「そう? あたしのバレー選手になりたいなんていう夢よりかはよっぽどマシだと思うけど」
そう自虐しながら厨房に現れたのは、中学2年生の四女、園咲愛菜さん。早苗たちと同じブロンドの髪をツインテールにした小柄な少女だ。そう、彼女は150cmそこそこしかない。バレー選手になるにはあまりにも身長が足りなすぎる。
「まぁあたしより馬鹿な夢を見ている奴もいるけど」
「私は絶対に世界征服しますよぉぉぉぉっ!」
愛菜さんのメイド、武藤熱海さんが馬鹿でかい声で馬鹿みたいなことを叫ぶ。それに俺も付け加えた。
「夢なんだ。自由でいいだろ。叶えられても、られなくても、それが人生の目標なんだから。否定するのだけは間違ってるよ。人生何が起きるかわからないんだし」
俺の夢は、俺を虐げてきた全てを見返すことだった。虐待してきた家族。虐めてきた学校の奴ら。それを叶えるために勉強に心血を注ぎ、いい企業に入ろうとした。
そしてそれは叶った。勉強からは繋がらなかったが、早苗に叶えてもらった。
そこから生まれた新たな夢。俺のような恵まれない環境にいた人でも、普通に生きられるように。環境を整えること。
何ができるかわからない。どこまでできるかわからない。それでもそれが、俺のやりたいことなんだ。
「じゃあ私の早苗と結婚したいって夢も否定しない?」
「俺が振られたり死んだりしたら叶えろよ」
どこまでも本気な斬波の言葉にそう答えると、玲さんが黄色い三角形の物体を持ってきた。その中には溢れるほどのクリームやフルーツが入っており、なんかもう、見た目だけで美味しそうだ。
「これがクレープ……!?」
「うん……。お義兄さんには特別に……いっぱいフルーツ入れたから……口に合うかはわからないけど……」
「大丈夫! めちゃくちゃ美味いっ! 最高! 神! 天才すぎるっ!」
到底我慢することなどできず、渡された瞬間かぶりつく。口の中いっぱいに広がる甘味が人生を幸福にさせていく! 美味すぎっ!
「どう!? 未来さん! めっちゃ美味くないっ!?」
「ええ……そうですね……」
俺と同じようにクレープにかぶりついた未来さん。だがその表情は依然固い。ように見せかけて、頬が緩んできている。
「幸せな時は幸せって言えよ。じゃなきゃ周りが動けないぞ」
「私は別に……幸せになりたいなどと思っていませんから……」
「お前がそう思うならいいけどな、お礼は言っとけよ。美味しいなら美味しいって言わないと、相手に失礼だ」
未来さんの前では不安そうな顔で玲さんが立っている。それを見た未来さんは、少し悩みながらも口を開いた。
「大変美味しいです。ありがとうございました」
「こっ……こちらこそ……よかったです……っ。どんどん食べてください……っ」
「はい……!」
玲さんが笑い、それを見た未来さんも笑う。そしてクレープを食べ進めた。とても幸せそうに。それを眺めていると、早苗が俺の肩に頭を乗せてくる。
「ジンくん、クレープどうですか?」
「めちゃくちゃ美味しいっ!」
「ですよね! 思えばクレープのおかげで、ジンくんと出会えたんです。私たちにとって記念の食べ物ですから。美味しくて当然です」
そう言えば早苗はクレープを食べに行って攫われそうになったんだったか。
「今度はそのお店に行きましょう? 玲のにも負けないくらいに美味しいですから」
「うん、行こう」
そう語る俺たちもまた、幸せでたまらなかった。
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