第11章 第18話 決別
〇ジン
「今……なんて言った……」
そう訊き返したが、しっかりと言葉の意味は理解していた。でも受け止められなかった。聞き間違いであってほしかった。だがその望みは断ち切られた。
「私……この方々からもっと学びたい。この環境にもっといたい。きっと何かが、変わると思うんです」
早苗ははっきりと、そう口にした。こいつらと……俺の元家族と。エターナル、トラリアル、イフリートと一緒にいたいと。
「私は今まで甘えてきたんだと思うんです。それに、甘やかされてきた。困ったら斬波が助けてくれるし、ほしいものは何でも手に入れてきた。でもここでは、違う。この人たちは違うんです。私を甘やかしてはくれない。優しくなんかない。クズで……どうしようもない人たちです。でもそんな今までとは違う環境でしか学べないこともあると思うんです。だから……この環境にいさせてください」
……言いたいことはわかる。ようするにこの前のキャンプみたいなものなんだろう。いつもとは違う環境に身を置き、変わりたいのだろう。理屈はわかる。納得できる。でもそれはあまりにも――。
「俺の気持ちも考えてくれよ……!」
無神経すぎると思った。
「こいつらは俺の敵だ……俺を虐げてきた奴らだ! そんな奴らと、早苗が一緒にいる? ふざけるな……ふざけるなよ! そんなのありえない、考えられない!」
「……これは屁理屈ですが、私とジンくんは既に別れています。……あなたに行動を制限される言われはない……なんて。きっとこの人たちは言うのでしょう」
「ああそうだよ……でも! こんなの受け入れられない! なぁ、どうせお前らがたぶらかしたんだろ。エターナルか? 早苗を騙したのは!」
「違います! これは私の意思です! 私が決めた……私の道です!」
ああクソ……どうしてこうなった。どうして早苗が、こんな奴らと……!
「どうでもいいけどよ」
何と言って早苗を連れ戻そうか考えていると、ゴミが散乱したソファーの上で煙草を吸っているエターナルが口を開いた。
「ここは俺のツレの家だ。勝手に入んないでくれよ塵芥」
「あぁっ!? 俺の家に土足で入って踏み荒らしたのは! お前だろうがっ!」
「それについては悪いと思ってるよ。だから玲とは別れただろ?」
「別れた? 違うな。お前は振られたんだ。俺の妹から振られたんだよ」
「あーそれならそれでいいよ。早苗を預かるのもな」
「お前が早苗を呼び捨てにすんなっ!」
「近所迷惑だぜ静かにしろよ。で、交渉だ。早苗を預かってやる。ただその代わりにトラとイフリートは解放しろ。当然借金は払わせる。こいつらの面があればもっと稼げる仕事なんていくらでもあるだろ? 悪い話じゃないと思うんだが」
「金の話じゃないんだよっ! こいつらは反省させる。こいつらに一番効くのが田舎での肉体労働だ。だからやらせる。金なんかどうでもいいんだよ……!」
「金なんか、か。お前も変わったな」
「お前が俺の何を知ってるんだよ……!」
いい加減我慢できずに詰め寄ると、アクアが俺の前に出た。
「こいつらが信用できないのは私も同じ。だから私が早苗と一緒にいる」
「アクア……なに言ってんだよ……!」
「だって早苗、梃子でも動かないでしょ。だったらそうするしかない。私が一緒にいるよ。私のことも信用できないならそれはしょうがないけど」
「……お前のことは信用してる。でも、俺は……!」
「……私はジンくんのことが好きです」
早苗の手が俺の手をにぎった。これだけは変わらない。柔らかく、温かい手だ。
「ジンくんとまた、付き合いたい。でも今のままじゃ、駄目なんです。変わらないと。変わらないと、いけないんです」
「でも……こいつらと一緒じゃなくても……」
「そうですね。本当にここは最悪です。煙草臭いし汚いしさっきは虫を見つけました。でもそんな環境じゃないと、いけないんです。私、自分のことを善い人だと思っていました。でもそうじゃないとわかりました。だったらコントロールしないと。……私だってこの人たちは許せません。ジンくんを傷つけた、悪人です。だからこそ反面教師にしたい。こんな人にはならないぞと覚悟を決めたいんです」
「早苗は……それでいいのか……」
「……はい。もちろん長居するつもりはありません。今日中に家に帰ります。だからもうしばらくだけ。あとちょっとだけでも、学びたいんです」
「……わかった。帰るぞ」
もうこれ以上言っても意味はない。早苗の手を振りほどいて帰ろうとする。
「ちょっとジン! それでいいの!?」
「いいんだよ……斬波。これが早苗のやりたいことなら、仕方ない」
でもそれは早苗の意思だ。俺の意思は、違う。
「今俺は。お前を軽蔑している。……だから、がんばれよ」
「……はい。またジンくんに好きになってもらえるよう、がんばります」
そんな早苗の声に振り向くこともせず、俺は家を出た。
申し訳ありませんがしばらく感想の返信は控えさせていただきます。私が未熟なせいでみなさまに不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。せめてエタらないように致しますのでご勘弁してください。