第6章 第3話 抑えられない裏切り
「うぅ……ぅぅぅ……!」
深夜2時。私が寝たフリをしてから約2時間の間、ジンは机に向かい勉強を続けていた。嗚咽を漏らし、涙をボロボロと垂らしながら。それを私は眠れずに見続けている。きっと私が起きたらジンは止まってしまうだろうから。
こうも暇な時間が続くと、どうしても考えてしまう。早苗と人の関係を。
私の考えは昔と変わっていない。いや、ある意味真逆になったか。ジンは早苗を幸せにできるかもしれない。だが早苗は。ジンを幸せにすることはできない。私にはそう思えて仕方ない。
そもそも早苗とジンは合わないのだ。片や生まれてこの方苦労という苦労をしたことがなく、天真爛漫な性格で多くの人から愛され、たまに見せる真面目な態度だけでギャップにより好印象を与える。片や……語るまでもない。とにもかくにも正反対すぎるのだ。
早苗がジンを幸せにできない、というのはこういう理由もあるのだが、それ以上に。求めている須藤ジンという人間像が正反対なのだ。
早苗はジンの素の人間性に惚れている。自分の身も顧みず必死に助ける様。時々見せる甘え。抜けている部分。そういったいわゆる弱点を、早苗は愛している。
でもジンは、素を誰よりも嫌っている。それはジンが大嫌いな須藤家の血。性格や技術に、顔に話術。だからこそ須藤家とは正反対の、勉強に命を賭けているところがあるのだろう。努力を重ね、駄目な須藤家とは対極の完璧な人間を目指している。
その2つの道は決して交わることはない。今の依存している早苗にとって理想の状況が、ジンのメンタルの不調が原因なのが何よりの証拠だ。
でも、私なら。
「コーヒー、飲む?」
私なら、ジンを幸せにできる。
「コーヒーって……なに?」
「苦い飲み物。眠気覚ましにはなるかな」
「斬波が言うなら……飲む」
涙を手で拭い、力なくジンは言う。私はジンが好きだ。でも早苗も好きで、どちらとも付き合うことはできない。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……美味いな」
「お茶もあるよ」
「……ありがとう」
ジンは甘味や脂っこいものが好きなのでコーヒーが苦手なことはわかっていた。でも飲ませたのは、ジンの強がりを見たかったから。やっぱり私は性格が悪い。
私がなぜジンを好きかと訊かれれば、やはり同類だから、と答えるだろう。私とジンはよく似ている。悪人で家のしがらみに囚われていて早苗が好き。こんなに気が合う人は今まで会ったことがなかった。
だから……夢を見ているのかもしれない。私の辿り着けなかった領域に入る私の姿を。努力を重ね、早苗を幸せにする私の姿を見てみたくて仕方がない。
つまり私の役目はジンを焚きつけること。その先で幸せを与えるのは早苗の役目だ。
「ねぇ、ちょっと休まない?」
でも私はあまりにも簡単に早苗を裏切っていた。
「……努力しろって言ったのはお前だろ」
「早苗の手前ね。でも今のジンはやっぱり疲れてるんだよ。ほら、いくら甘えてるって言っても早苗の前だとかっこつけなきゃいけないって思っちゃうでしょ? でも私の前でなら、いくらでも弱み見せてもいいから」
ジンの腕を引っ張り、無理矢理ベッドへと引き寄せる。私のベッドに。
「俺……何をすればいいのかわからないんだ。みんなは勉強なんてできなくてもいいって言うけど、やっぱり俺には勉強しかなくて……でも、もう勉強なんてしたくないんだよ……。俺、勉強が嫌いなんだ……」
ごめん、早苗。私は今早苗を裏切っている。
「早苗といると幸せだけど……辛いんだ。努力してようやく隣に立てるはずの人だから。でも一緒にいるってことは努力をしてないってわけで……早苗を裏切ってるんだよ。でも幸せになる夢は叶ったから……もうそのための勉強なんてしたくなくて……どうしても、集中できない」
本当なら全部早苗のものになるはずだった幸せを、私が味わっている。
「斬波……俺、何をすればいいのかな……」
でも、安心して。
「じゃあさ、明日一緒に早苗の誕生日プレゼント買いに行こうよ」
ちょっとだけおすそ分けしてもらうだけだから。
「誕生日……プレゼント……?」
「誕生日にね、プレゼントを渡すんだよ。生まれてきてくれてありがとう、って。今年一年よろしくねって」
最後は早苗に返すから。私はそれまでの道中一緒にいるだけでいいから。
「どっちが早苗を喜ばせられるか、勝負だね」
私とジンはよく似ている。私だって疲れてるんだよ。好きな人と好きな人が一緒にいるのを見るのは耐えられない。ほんの少しでいいから甘えたい。
「斬波は恋敵だからな……。そういうことなら負けないよ」
だからちょっと借りるくらいのわがまま、見逃してよね。
2000ptありがとうございます! 早苗ちゃんをもっと目立たせたいと言ってたのにすっかり斬波ちゃん回。章の最後の方では早苗ちゃんをヒロインに据えたいですね。
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