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第26話 実莉

 海鳥の声が聞こえる。

 この声を初めて聴いたとき、うるさいと思った。コロニーにはない声だ。

 海に近く、防波堤と呼ばれるところの上に立っていた。

 松平が少し遅れてくるが、その空き時間で海を見たいと言った。だからこうして海の見える場所で待っている。

 少女が手を広げ、走り回っている。まるでカモメのまねごとをしているみたいで、滑稽に映った。

 金糸のように細い髪が肩口まで伸びている。顔はきめ細やかで、整っており、衣服はどこかのお嬢様を思わせる。

 目は翠色をしており、どことなくティアラの面影が残っていた。

 はしゃぐ様子から想像するに、年齢は若く幼い。

「う――――み――――――――だ――――――――っ!」

 大きく叫び、海の広大さを確認する少女。

「なに?」

 ずっと見ていた俺に少女が話しかけてくる。

「いや、俺も海は初めてだ。叫びたくなる気持ちも分かる」

 意外とすらすらと自分の気持ちを言葉にできていることに自分でも驚く。

「ふーん。お兄ちゃん。格好いいね」

 少女はからかうように微笑む。

「わたしは、実莉みり。よろしくね。《《内藤》》くん」

「え。ああ。よろしく」

 俺、名乗ったか? まあいい。

「君もこの海がすべての始まりだと思って嬉しいんだね」

 なんとなくそう思った。

 彼女もこの海に憧憬や感動を覚えたからこそ、叫んだのだろう。そう解釈した。

「ふふ。そう思う?」

 不敵な笑みを浮かべ、実莉は不遜な態度で訊ねてくる。

 なんだ。この威圧感。空気。この子、普通じゃない。

「ああ。そう思うね」

「残念! わたし、海はこれで二度目なんだ! 前は太平洋だったなー」

 実莉はふふふと笑みを浮かべている。

 俺は面食らったようによろけ、実莉を見やる。

 なら、なぜ大声を上げたのか。

 確かに海にはそんな吸飲力があるように思えてくる。コロニーにはない風景、解放感。そんなものがあるのかもしれない。

 閉鎖されたコロニーとは違い、ここには限りない空間が広がっている。宇宙こそが母なる空間と叫ぶ声も聞こえるが、生命は海で生まれたのだ。

 宇宙は星を生んだ母ということになるのかもしれない。

「なんで仏頂面なの?」

 邪気のない声で訊ねてくる実莉。

「いや、なんでもない」

「そう言って。また顔が硬くなっているよ?」

 実莉には適わないらしい。

「いや、地球と宇宙のことを考えていた」

「ふーん。ずいぶんと暇なんだね」

 実莉は堤防の端に座り、暇そうに足をぶらぶらとさせている。

「そういう君だって」

「実莉って呼んで。それにわたし暇じゃないし」

 ふくれっ面を浮かべる実莉。でも、その態度はいかにも暇人のそれだ。

「もう。可愛くないな。内藤くんは」

 その言葉にティアラが重なる。

 なんなんだ。こいつは。

 俺の心に土足で踏み入るような感覚に、気持ち悪さを感じる。

「しかし、君が今度の対戦相手かー」

「え? 対戦?」

 実莉の言葉に引っかかりを覚え、ついオウム返しをしてしまったが、実莉はにこりと笑いを浮かべごまかす。

「なんでもない。わたしの独り言。それよりも、内藤くんの話を聞かせてよ」

「え。ああ……」

 引っかかりを覚えたものの、人なつっこい笑みを浮かべた実莉を突き放すことなんてできなかった。

 ……。

 俺と実莉が話しを始めて三十分後。

「俺はティアラがいなくなって、正直AnD乗りをやめようと思ったんだ。でも今の社会情勢で、仕事は決まってしまう。俺には逃れる術がないんだ」

 頭を抱えて本音をぽつりと零す俺。

「なら、反乱軍に加担するか」

 冷たい声で言い放つ実莉。

「それも一つの方法よ。内藤くん」

「いや、でも。……俺は今の世界が悪いとは思わない。遺伝子による職業の選択。これがなければ多くの人の幸せが消えてしまう」

「本当にそう?」

 実莉がしっかりと見据えた目で問うてくる。

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