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国境の島でよみがえる  作者: 鳥羽風来
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第六章 よみがえる

 島北部への旅から戻ってきた大斗は、山城邸にたどり着いた時、とてもホッとした。安全地帯にやっと辿り着けたのだ。しかし、その十分ほど後に現れた来客は、大斗の心を沈ませた。山城が「顔を出さずに此処に居なさい」と言ってくれたので、顔を合わせずに済んだが、声は聞こえてきた。忘れたい過去の声だ。ここまで来たのか。

 役場で働いているこの家の主人の山城は、大斗を追っている人間が、複数人うろついているという情報を、少し前から聞いていた。そこで、大斗を守るための作戦を頭の中で練っていた。山城は松田を追い返した後、ペン型のボイスレコーダーを持ってきた。

「隠れ続けるほうが大変だから、いずれ決着は付けたほうがいいと思う。だから、明日はこのスイッチを入れてあの人と話しなさい。何かあったら、すぐ助けられるように、私たちも横の部屋にいるから。このレコーダーは、今日の夕方、電器店に行って買って来た」

 その後、誰かに電話をして、「大斗君の会社の人は、明日の朝来るようだ」と伝えていた。今思えば、あの電話の相手が警官だったのだ。警官と顔なじみだなんて、さすが都会と田舎は違う。


 山城にプレゼントされたボイスレコーダーの再生をすると、松田の声がはっきりと録音されている。

「ずっと付きまとうからな。大事なお父さんやかわいい妹がどうなっても知らねえぞ」

「多少の犯罪はもみ消せるんだぞ」

 松田は、警察署を出ると、おとなしくそのまま対馬から去った。他のキリンソフトのメンバーはいつの間にか、既に去っていたらしい。


 大斗は、これからのことを考えていた。東京に戻って、新しい職を探すにしても、また似たような事になるかも知れない不安があった。佐賀で父親の近くで暮らそうか。でも、きっと退屈な人生になるだろう。

 山城は、「大斗はまだ若いから選択肢はいくらでもある」と言う。しかし、大斗はもう二十七歳だ。第二新卒で入社するには厳しい年齢だろう。

 転職するには、転職サイトで探すこともできるが、転職エージェントというものもあるようだ。転職サイトでは、いいなと思う求人が見つかっても、応募要件が自分に足りない。一方で、転職エージェントは、非公開の求人も扱っているというから、魅力的に思えた。その中で、最も規模の大きそうなところに、インターネット経由で登録してみた。

 電話面接の後、求人が数件送られてきた。ハードルが高そうな気もするが、有名企業も含まれており、年収も高い。こんなところに応募できるチャンスがあるのかと、未来を明るく感じた。しかし、求人票を読んでイメージを膨らませていると、少し今の自分に合わない気もしてきた。いまはビジネスを追及するというよりも、人や家族とのつながりや生活を大事にしたいと思う様になっていたのだ。高い給料をもらって、その給料以上の成果を出すことに追われるより、ほどほどに働いて、人間らしく生きていきたいと思うのだ。

 そう考えると、この国境の島で生きてみても良いのではないかと思う様になってきた。


 ここで何か起業してみようか。しかし、ここは人口が少ないから需要が小さい。うまくいくイメージが湧きそうな事業が思いつかない。

 パソコン上で、在宅で出来るデザインの仕事をやってみようか。リモートワークを中心にした求人もちらほら目にする。書店に行って、ウェブデザインの本を買ってきて読んでいたが、三日くらいで飽きてしまった。面白くない。

 脚本を書いて応募してみようとも思った。文具店に行き、脚本家らしく原稿用紙を買ってきて、書いてみたが、書く作業は思いのほか疲れた。なかなか思うように進まず、途中で自分が書いた話がよく分からなくなってくる。五十枚くらい書いたところで、一度最初から読み直してみたところ、全く面白くなかったので、才能がないと思ってあきらめた。

 ブログで広告収入を得るアフィリエイトも試してみた。一か月ほど、毎日三ページくらい、記事の内容を頭で絞り出して書いていた。収入が増えない。それでも、インターネットのページや本に、継続が大事だと書いてあるので頑張ってみたが、本当に頑張ったらうまく行くのか疑わしくなってきて、止めてしまった。

 色々試しているうちに、三か月が経ち、居候の期間が長くなった。山城家の人たちは、さすがに内心では、早く出て行ってほしいと思っていると思うけど、そういう気持ちはおくびにも出さない。それどころか、一つの部屋を自分用に空けてくれた。何か恩返しをしないといけない。


 結局、対馬のハローワークに行くことにした。ハローワークは、自分で就職先を見つけられないかわいそうな人が行くものだと思っていたが、ここで色んな人を見ているうちに、そんな上から目線の感覚はなくなった。面接には数か所行った。前の会社を退職した理由を聞かれたが、正直に話すようにした。そうすると、それでもいいと思ってくれたところだけが採用してくれるはずだ。パワハラをしたり、長時間労働をさせたりする会社に採用されたらたまらない。


 初めて内定をくれたのは、老人ホームの介護の仕事だった。助けが必要な人の助けになる。立派な仕事だと思って、そこで働かせてもらうことにした。そこにいるお年寄りたちは、話すことが好きだ。だから、話すのが上手でない大斗の話もしっかり聞いてくれる。くだらない話をして、それなりに役に立って、ご飯もしっかり食べる。そんな一日一日を送っているのは、幸せなことに違いない。

 最近は、山城家の由実さんが愛おしくてたまらない。就職も決まったし、他の人にとられないうちに、気持ちを伝えないといけない。


 佐賀にいる父親にも連絡して、近況を伝えた。今回も「好きなようにすれば良い」と言われた。ただ、その後に、「そういう生き方も良いと思う」と言われた。妹の愛子にも連絡した。「近くにいた方が安心だから、九州の方に戻っておいで」と伝えた。愛子は「考えとく」と言っていた。

 一日一日過ごしているうちに、何か奇跡が起きるのかもしれない。たまたま縁があった仕事だけど、将来的に、過疎地域の老人ホームにおける介護が、全国的に注目されるテーマになり、その分野の経験者としてマスコミからインタビューを受けることがあるかもしれない。国家的な問題解決のための課題検討チームにスカウトされるかもしれない。そして、そんなことは起きないかもしれない。大斗はどちらでもよいと思う。

 日々それなりに過ごせればそれでいい。くだらない話をして、それなりに役に立って、ご飯もしっかり食べる。そんな毎日が過ごせれば。少なくとも今はそれで良いと思う。

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