見える
見通しが悪く、幅の狭い道路に一人の少女が歩いていた。
女の子の名前は、鈴木あさ美。いつも頭につけている赤いリボンがトレードマークの小学2年生だ。
この場所からも聞こえる小学校のチャイムが数分前に鳴っていたので、授業を終え家へ帰る途中なのであろう。
あさ美という女の子、話を聞く限りではいたって普通の女の子なのだが、実は一つだけ他の子供とは違う能力を持っていた。
死んだ人が見える。つまり幽霊が見えるということだ。
どうしてそんな能力を持ってしまったかと言うと、おそらく遺伝である。実はあさ美の母親もなぜかはわからないが、幽霊が見えるのだ。
望むにしろ望まないにしろ、とにかくそんな能力を持ってしまったあさ美ではあったが、本人はいたって気にする様子も無く、他の子供と変わらない日常を送っていた。
「早く帰らなくちゃ」
一人つぶやきながら、小学生にしては少し速めのスピードであさ美は歩みを進めていた。
少女が急ぐのには理由がある。
あさ美とその友達は学校が終わるといったん家へと帰り、ランドセルを置いてすぐに、近くにある神社へと集まって、境内で鬼ごっこやかくれんぼなどをするのが習慣となっていた。習慣化された集まりは、いつしか一番遅く来たものが鬼になるというルールもでき始めていた。そのためあさ美は早く帰りたいという一心で、母親から危険だから通ってはいけないと言われている家への近道を歩いているのだった。
気持ちが焦り、早足になりながらも道路を歩いていると、先のほうで主婦と思われる二人組みが手を合わせているのが見えた。
あさ美は通り道でもあるため、その場所へと近づいていく。すると主婦達二人が手を合わせていた場所にはたくさんのお菓子と、お花が供えられていた。
全体的に見通しが悪い道路なのだが、その場所はカーブになっており、他のところよりも一段と見通しが悪い。そのためか、交通事故が起きてしまい誰か亡くなったようだ。
「かわいそうにね。まだ小さかったのに」
「本当ね」
合掌をし終えた主婦達はそう言いながら、その場を後にした。
あさ美はそんな主婦達を見送った後、お供え物がある場所を見回してみる。
「成仏したのかな?」
あさ美は幽霊が見えるため、このような事故現場には大概死んだ人の霊がいることを知っていた。
そのため彼女はその霊に対して手を合わせようと思ったのだが、どうやらここで死んだ人の霊はもう成仏してしまったらしく、ここにはいない。
それでも、祈ってあげたほうがいい。
そう思った彼女は事故現場に手を合わせ、祈りを捧げるのだった。
あさ美は祈りを捧げると、不思議と気分がよくなったような気がした。心がふわりと軽くなった彼女は、そのまま事故現場を後にし自分の家への向かうのだった。
「あ、ベスだ」
事故現場から少し歩くと今度は住宅地へと入っていく。その住宅地の一番手前の家には犬が飼われていた。
犬の名前はベス。たまにこの道を通るあさ美は、柵越しではあるが彼の頭をなでたり、逆に頬をなめられたりする仲であった。
「ベス〜」
あさ美は犬の名前を呼びながら近づいていく。そんなあさ美にベスも気がついたのだろう。彼女の方をベスが見た。
いつもならば尻尾を振り、柵の間に頭を出してあさ美に近寄って来るのを待つのだが、なぜだか今日は違っていた。ベスは後ずさりながらウー、とうなり声をあげ、近づくあさ美に吠えたのだった。
「うわっ!」
びっくりしたあさ美はその場で尻餅をついてしまう。
しかし、今だベスの吠えは収まらない。
普段ならば、こんなことは無いのにと不思議に思うあさ美だったが、ふと先ほどの事故現場のことを思い出した。
事故現場には、お供え物のほかに臭いのキツイお線香も焚かれていた。
以前、実家の墓参りの後、ベスに会いにきた時も同じように一度吠えられていたのでおそらくそのせいであろう。
あさ美はそう自分に言い聞かせると、今度は洋服替えてから来るからといってベスに一言そう告げ、そそくさと家へと向かっていったのだった。
その後5分ほど道なりに歩いていくと、神社の境内が見えてきた。神社が見えたということはあさ美の家まではあと少しということだ。
この神社なのだが、町長が神主を兼任しているため、普段は無人で、境内は子供たちの遊び場となっている。そしてこの神社の境内こそ、あさ美達が集まっていつも遊んでいる場所なのだ。
「あっ、健治くんたちもう来てるよ」
神社の境内を覗くと、すでに家に帰って遊びに来ている子供たちが数人見える。どうやら今日は缶蹴りで遊んでいるようだ。
「けーんじくん!」
あさ美はあまりに楽しそうだっため、神社の外から大きな声で健治に話しかけた。だが、健治は遊びに夢中で気づかないのか、それともあえて返事を返さないのか、あさ美の方に顔を向けようとはしなかった。
「なんだよもう……あ! そうか!」
健治の反応にふてくされたあさ美ではあったが、あるルールを思い出す。
家に帰ってないものとは口を利いてはいけない、というルールを。
以前あさ美や健治達は、家に帰らずに遊んでいたのだが、そのせいで彼らの親達にいったん家に帰ってから遊びに行きなさいときつく怒られてしまったのだ。それ以来子供たちは怒られないためにと話し合いし、このようなルールを作ったのだった。
今でもそのルールは健在で、家に帰ってない者は遊びの輪に入ることはできないでいる。
「早く帰ろう!」
早く遊びたい。そう思ったあさ美は勢いよく駆け出した。
神社まで来ればあさ美の家まではほんの百メートルほど。その道のりを一気に走りきったあさ美は自宅の戸を開け、家に転がり込んだ。
「ただいま!」
元気よく発せられた声。しかし、その声に反応するものはいない。
普段ならば彼女の母親が、その声に反応しておかえりと声を掛けてくれるはずなのだが、今日に限ってなぜかその母親の声が聞こえてはこなかった。
早く遊びたいと思っていたあさ美ではあったが、その違和感のほうが気持ちで勝り、家の中で母親の姿を探したのだった。
母親はすぐに見つけることができた。
母親は疲れているのか、化粧台に突っ伏すように眠っていた。
「お母さん? あ! その子誰?」
近づいていき、声を掛けるあさ美ではあったが、化粧台の鏡に映った母親の姿を見てそういった。
そこに映っていたのは、眠っている母親の姿。
そして、とても直視するには耐えがたいほどの怪我を負った子供が映っていたのだった。
頭はまるでおろし金で削られたように、頭蓋がむき出しになっており、顔の右半分は陥没していた。またそのせいで耳からは脳漿とおもわれるゲル状のものが飛び出し、左目は圧力によって居場所を奪われ口のあたりまで垂れ下がっている。本来あるはずの場所から目が飛び出してしまったせいで、ぽっかりと開いた穴からは耳から出たものと同じものが流れ出ていた。
体の方はというと、こちらもまた悲惨なもので、ところどころ骨が折れているのか、腕や足がおかしな形で曲がっている。腹部からは折れた肋骨がはみ出しており、その肋骨が開けた穴からは血とミンチ状になった内臓が飛び出していた。
顔は判別がつかないほど崩壊していたが、服装からなんとか性別を判断することができた。
血で汚れた服は、こちらも判断に困るほどボロボロになっていたが、はいていたものがスカートだったことと、わずかに残った髪に絡みついた真っ赤なリボンが、幽霊が女の子であると物語っていた。
なぜこのような幽霊が家にいるのか疑問に思うところだが、それ以上にあさ美が不思議に思ったのはその女の子が立っている場所が、自分が立っている場所と寸分たがわず同じ場所だということだった。