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学年一のバカップルとして有名な幼馴染男女は、実はまだ付き合っていなかった

作者: 藤崎珠里

 ずっと昔から、好きになるなら朝斗(あさと)だと思ってた。付き合うのも、結婚するのも、朝斗だと思っていた。

 けど現実は、一つ目の段階でずーっと足踏みしている。

 まあまだお互い高一だし、結婚はそもそもできないけど。


「ねー、朝斗ー……好きだよ……」


 朝斗のベッドの上でごろごろと漫画を読みながら、ローテンションで何度目かになる告白を済ませる。最初の頃は毎回緊張してたし張り切ってもいたけど、今となってはもはやただの習慣に成り果てている。

 そんなふうにさせやがった朝斗はといえば、ベッドに寄りかかって座った状態で、私が読んでいる漫画の一巻前を読みながら返事をしてきた。


「俺も」

「じゃあ付き合って」

「やだ」

「……だからなんっでよ!!」


 腹筋を使って勢いよく起き上がり、そばにある朝斗の肩をわし掴んで揺らす。


「私も好き、お前も好き、なら付き合うだろ普通!!」

「その普通が俺にも適用されると思うなよ」

「めんっどくさいな~! せめて納得できる理由言ってってば!!」

「付き合う意味がわかんないって何回も言ってるだろ」

「私にあんなこととかそんなこととかできるようになるんだよ!」

「いや別に……しなくていいし……」

「枯れてんのか!?」


 そんなわけで、たぶん百は余裕で超えている告白はまたも失敗に終わったのだった。



     * * *



 ――前提として、私と朝斗は両想いである。『好き』の意味を履き違えていないことは確認済みだ。

 しかしそれでも、朝斗は付き合いたくないと言うのだ。理由を尋ねても、わざわざ幼馴染から恋人に変わる意味がわからないという一点張り。



 私が他の男子と付き合っちゃってもいいの、と訊けば、「俺のこと好きなのに?」「そんな失礼なことできる奴じゃないだろ、お前」と冷静に諭され。


 付き合ってくれないなら朝斗のこと嫌いになる、と言えば、「絶対無理」と一蹴され。


 ほんとに私のこと好きなの? と疑えば、「めっちゃ好き」とてらいもなく返される。



 ……これ以上私にどうしろと!?

 そりゃあ、ただの幼馴染のほうが楽なのはわかる。今までどおり過ごせばいいだけだから、これからも時折喧嘩しつつも仲良くやっていけるだろう。

 でも、数年後は? 数十年後は? ほんとにずっとこのままでいられる?


「……私はさ」


 私の声音が真剣なものに変わったのを察して、朝斗は漫画を閉じてこちらを見た。


「変わらないのも、怖いよ」


 朝斗は、変わるのが怖いんだろうけど。

 その気持ちも、理解はできる。できるけど、それでも、どちらも怖いなら私は変わることを選びたい。だってそのほうが後悔しないから。


「ただの幼馴染にしか見れないって言ってくれたらいいのに。そしたら私だって、ちょっとは諦めつくよ」

芹那(せりな)に嘘ついてもすぐバレるんだから、ついたって無駄だろ」

「ほんっとさぁ……そういうのがさ……」


 ため息を一つ、呑み込む。

 確かにすぐにわかるだろうけど、だからって嘘の意味がないわけじゃない。『私に嘘をつくほど自分の意見を通したい』と主張することになるのだ。

 そこまでしてくれたら、私が折れる可能性だってあるのに。中途半端が一番困る。


「……いつもどおり平行線だね。ってわけで、ちょっと距離置く。三日くらい」

「ん、妥当だな」

「何『お前は三日くらいが限界だもんな』って顔してんの? 朝斗だってそんくらいが限界でしょーが」

「だからそれ含めて妥当だって言ってんの」

「……」

「わっ、やめろよ」


 なんかムカついたので髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱してやった。ちょっと溜飲が下がる。


「……まあ、距離置いたところで変わんないだろうけどな」


 指先で髪の毛を直しながら、朝斗が言う。

 お互いの頑固さは、お互いによくわかっている。意見がぶつかって平行線を辿ることも少なくなかった。

 そういうときには大抵十回先取じゃんけんで勝敗を決めてきたのだが……さすがにこの問題をじゃんけんで解決するわけにもいかない。


「とにかく、三日後ね」

「四日後じゃないんだ?」

「今日も含めるから!」


 今日は残り六時間ほどしかないけど、含めたっていいじゃないか。くすくす笑う朝斗にふんっと鼻を鳴らして、私は朝斗の部屋を出た。

 漫画も持って出てきたので「おいそれは置いてけ!」と聞こえたけど、知らない知らなーい。先が気になって苦しめばいい。私だってこの巻の続き読めるの三日後なんだからな。



     * * *



 ――朝斗との関係に、そろそろ決着をつけたい。

 そう思い始めたのは、実は結構最近だ。

 気持ちの遷移としては、ただひたすらにショックだった時期、なんで? としか思えなかった時期、諦めかけていた時期、一周回ってムカついてきた時期……などを経ての今、という感じ。


 もういっそ、全裸でベッドに潜り込んでおくか? ……たぶん駄目だな。普通に怒られるだけだ。あいつの理性鋼鉄だから。

 他の子と付き合うふりして、朝斗を焦らせるとか? ……付き合うふりに付き合ってくれる男友達が思い浮かばない。

 催眠か何かで無理やり言質を取る? ……さすがに現実味ないんだよな。


 今までも散々考えたいろんな手段に、改めてダメ出しをする。

 もう私が折れて、ずっと幼馴染でいるしかないんだろうか。……それは、やだなぁ。


 答えが出ないままに三日なんてあっという間に過ぎて、距離置き期間が終わってしまった。

 一緒に登校するために迎えにきた朝斗に、しかめっ面で「おはよ」と挨拶をする。同じく「おはよ」と返してきた朝斗の頭を、また意味もなくぐしゃぐしゃにしてやった。今日はやめろとは言われなかった。


「……気ぃ済んだ?」

「うわあ、大人な対応しやがって! 私だけがわがまま言ってるみたいなさー! そういうのよくないだろ! 私たちどっちもわがままじゃん!」

「はいはい、俺のわがまま聞いてくれてありがとな」

「ちっきしょう、絶対諦めないからな……」

「お口が悪いですよ、芹那さん」

「はあ~~ごめんあそばせでしてよ!!」

「うん、くるしゅうないぞ」


 ノリだけのめちゃくちゃな会話をしながら、連れ立って学校へ向かう。

 私たちは小中高とずっと一緒の学校に通っていた。朝斗なら高校はもっと上を目指せたはずなのだが……私が近さで選んだら、「じゃあ俺も」とあっさり決めたのだ。そういうところだ、と思う。


「このまま幼馴染でいたときのデメリットの話なんだけどさー」

「急に話変えてきたな」


 冷静なツッコミはスルーする。


「付き合ってないせいで周りからとやかく言われるの、嫌じゃない? これから先も、付き合ってないのにその距離感おかしいとかずっと言われるんだろうなーって思うと私は大分、かなり嫌なんだけど」

「あー、今日はその方向で攻めてくるんだ……」


 渋い顔をする朝斗。朝斗はこれで私に甘いので、こういう主張ならもしかしたら聞く耳を持ってくれるかもしれないと思ったのだ。

 そしてその予感はどうやら当たりのようだった。今までで一番手応えがある。


「まずは形だけでも付き合っちゃえばさ、仲いいね~って言われるだけじゃん? 変とか言われなくなるよ。形だけでいいんだよ、まずは」

「先に進む気満々じゃん」

「そりゃね。私はお前のことが好きなので」

「俺もお前のこと好きだけどな」

「……もうこれさぁ、付き合ってるってことでよくない?」

「よくない」


 こんなやりとりまでできて付き合ってないとか、意味がわからなくなってきた。いや、大分前から意味わかってないけど……。


「朝斗は私と恋人っぽいことできなくていいって言ってたけどさ、ヤれるかヤれないかでいったらヤれるでしょ?」

「そういう話題を恥じらいもなく出すのはどうかと思う」

「一人純情ぶるのやめて~。いいけど。じゃあキス、キスはできるでしょ。初めてってわけでもないし」

「え」


 なんの「え」だ。まさか覚えてないとか言わないだろうな? 言わないよな?

 朝斗は青ざめて、何かを考えるように視線を投げた。かすかに眉間にしわが寄っている。


「……それ、俺じゃない奴としたってわけじゃないよな?」

「私と朝斗の話だわ。うそ、マジで覚えてない?」

「………………ない」


 ちょっとくらい責めようかと思ったけど、この世の終わりのような声を出されたらそんな追い討ちはできなかった。まあ、幼稚園のときの話だしな。覚えてなくても仕方ない。

 むしろ私しか覚えてないっていうのは、なんだかいい気分。


「まあとにかく、一回しちゃったら二回も三回も同じでしょ、しようよ」

「するとしても外じゃ無理」

「えっ前向きな返答だ! じゃあ今日の放課後、私のうちでな!」

「いや前向きではないけど、キスってそんな感じでするもんだったっけ??」

「せめてもの情けだよ。不意打ちはさすがに酷だろうからさ……。ありがたく思いたまえ」

「全然ありがたくねえ情けだ……」

 

 私も外でするのは嫌だけど、こういうのはブラフが大事なのだ。


「さて、これでキスする約束を取り付けたわけだけど」

「一方的すぎる」

「やならやだって言ってよ。今ならまだ間に合うから」

「やなわけはないけど……」

「はーいじゃあもう間に合いません、以降の拒否は認めません!!」


 腕をクロスさせてばってんを作ったら、チョップで崩された。このやろう。


「やではないけどやるとも言ってない。普通の幼馴染はキスなんかしないだろ」

「普通が適用されると思うなよって言ってたのは?」

「それは違う話!」


 手強い。

 もう少しで学校に着いてしまうので、何か攻めるとしたらあとひとつ。……もしかしてと思いつつ、今までなんとなく訊いてなかったことを訊いてみるか。


「……朝斗さぁ、『幼馴染』って関係ならなんでも許されるって思ってるっていうか、免罪符? みたいに思ってない?」

「いや、幼馴染だからってなんでも許されるわけじゃないだろ。芹那にひどいこととかはしたくないし」

「そういうんじゃなくて……たとえば、もしも十年後とか二十年後、私が朝斗以外と結婚したとするでしょ?」


 たとえ話を出せば、朝斗は真顔で首を傾げた。


「結婚すんの? 俺以外の奴と……」

「ネタなのか素なのかわかりにくいし、ネタなら古いんだわ」

「大分狙った」

「だろうね」


 余裕だな、こいつ。

 なんて思ってちょっとだけむっとしたとき――いきなり視界から朝斗が消えた。なんてことはない、朝斗が何もないところで盛大に転けただけである。

 ……いや、なんてことなくないな!?


「色んな意味で大丈夫!?」

「どんな意味だよ……」


 ばつが悪そうな顔で、朝斗はのろのろと立ち上がった。


「物理的な意味と精神的な意味……。そんな漫画みたいな動揺の仕方、初めて見た」


 前に「私が他の男子と付き合っちゃってもいいの」って脅したときに平然としてたのは、未来じゃなくて今の話で現実味がなかったからなのかな。

 私の言葉に、朝斗は澄まし顔を取り繕って答えた。


「別に動揺したわけじゃないし。何もないとこでたまたま躓いただけだし」

「朝斗、私のことめっちゃ好きだな……」

「それはそうだけど動揺したわけじゃないから」


 頑なにそこだけ否定するなぁ。好きなのは律儀に肯定してくれるのに……。

 呆れながら、朝斗の怪我の有無を確認する。手はちゃんとつけたみたいで、膝が汚れてるくらい。手のひらも擦りむいてなさそう、かな? 動揺してた割に転ぶの上手いな。

 あとは汚れてるスラックスの下がどうなっているかだけど、まあ血は滲んでないし、怪我があったとしても大きくはないだろう。


「一応あとでちゃんと保健室行きなよ」

「……うん」

「それで、私が朝斗以外と結婚したときの話だけど」

「えっその話続けんの」


 嘘だろ、って顔をされたが、いまだかつてない手応えを感じたのだから続けないわけがない。もうさらに怪我するようなこともないだろうし。


「そしたらさ、二人だけで遊びにいったり、お互いの部屋で漫画読んだりとか、できなくなるでしょ」

「……絶対やっちゃだめ?」

「だめに決まってるじゃん。私にそんな不誠実な奴になれって言うわけ?」


 むずかし~顔で沈黙する朝斗。……やっぱりそのあたりまでは、深く考えてなかったのかもしれない。


「結婚するなら朝斗がいいけどさ、できないなら他の人とするしかないでしょ。できなくてもいいっちゃいいけど、親に孫の顔見せたいし」


 結婚イコール幸せ、なんて考えは持っていないけど、昔からずっとする気満々だったのだ。朝斗とできないなら一生独身、なんて一途で健気なことができる人間じゃない。……ちらっとも考えなかった、といえば嘘になるけど。

 まあ、好きになれる人を見つけられなかったら独身でいようかなとは思っているから、八割方ずっと独身だ。でもそれを今朝斗に言う必要はない。


「お前とは結婚できないけど誰とも結婚するな……なんてさすがに言わないよね?」


 そんな身勝手なことを言われたら、また三日は距離を置きたい。今度はガン無視してやる。


「……でも、できないだろ」


 力ない声に、勝利の予感がしてちょっとどきどきした。これ、いけるんじゃない? いけちゃうんじゃないか、今日こそ。

 学校も見えてきてしまったことだし、ここが今日の攻め所だ。

 にやけないように気をつけながら、問いを返す。


「できないと思う?」

「……いや、芹那なら、やろうと思えばできる……」

「評価高いなー、ありがとう」

「だってお前、可愛いし。人の好意にはちゃんと好意返すし、向けられた気持ちには誠実だし、立ち回り器用だし、コミュ力高いし、可愛いし……」

「お、おう」


 照れる。何タイムだこれ。可愛いが二回も出てきた。惚れた欲目ってやつか?

 しばらく考え込んだ朝斗は、おもむろに尋ねてきた。


「……お前の結婚式で友人代表スピーチするのもだめ?」

「ん、んー、んんん……ビミョーじゃない?」


 相手にもよるけど、大体の人はいい気がしないだろう。

 そっか、とうなずいた朝斗は、しょぼくれている。想像だけでこんなになるなら、実際に私が結婚したらどうなるのか。……かわいそうだけど結婚式呼ばないほうがいいくらいじゃない?


「まあそういうことが嫌ならさ、朝斗は私と付き合って、私と結婚するしかないんだよ」

「そう、だな……」


 わー!!! そうだな! そうだな!!

 ついに肯定的な言葉が出てきて、テンションが急上昇した。


「付き合う!? 付き合っちゃう!?」

「…………条件出してもいい?」

「もちろん!!」


 条件付きでもなんでも、朝斗と付き合えるならなんだっていい。

 前のめりに了承すれば、朝斗は心底しぶしぶといった様子で口を開いた。


「彼氏として、ちょっとでも『ないな』って感じる部分があったら教えて。速攻直すから、嫌いになる前に絶対教えて。一人で勝手に幻滅しないで、話し合いさせて」

「……それが、条件?」


 しょぼくれたまま、うん、とうなずく朝斗。

 どんな条件かと思えば。……こいつはほんっっとに。



「――朝斗、ほんと、めちゃくちゃ、私のこと好きだね……」



 しみじみと言ってしまう。

 朝斗は変わることを恐れているのかと思っていたけど、正確には『彼女になった私に嫌われること』を恐れていて。……そして、今まで頑なにその理由を口にしなかったのは、それが『私の気持ちを疑うこと』になって、私を傷つけるかもしれないからだ。

 そこまで一気に理解して、私は深い息を吐いた。


 確かに、いつか嫌われるかもしれないのが怖いから付き合いたくない――なんて言われていたら、私がどんだけお前のこと好きか知らないのか!? とむっとしただろうし、同時にショックだっただろう。付き合う前からそんな可能性を考えられてしまうくらい、私の気持ちは信用ならないのかと。

 現時点では朝斗のことを嫌いになるなんて絶対にありえないと信じているけど、この世に『絶対』なんてない。そうわかっているから、朝斗の懸念を笑い飛ばすこともできない。

 だけど、こんなに何回も何回も、告白に首を振られて。最終的に出された条件がこれじゃあ――怒る気なんて微塵も起きなかった。


 ただ、馬鹿だなぁと思う。

 可愛いなぁ、とも思った。

 変なところでネガティブで、めんどくさくて、私のことが大好きで、可愛い。

 幼馴染としてはこれから先もずっと好かれている自信があるくせに、幼馴染に恋人という関係性が加わるだけで、どうしてそこまで不安になってしまうんだろう。付き合ったって、結婚したって、幼馴染であることは変わらないのに。


 たぶん、朝斗が『幼馴染』に固執したのもそういうことだ。

 恋人とか夫婦とかは、関係性として終わってしまう可能性がある。だけど幼馴染は、ずっと幼馴染なのだ。


 だから朝斗は、変わらないことを望んだ。



「……私も、彼女としてないなーって思うとこあったら教えてね」


 校門を通りながらそう伝えれば、朝斗はちょっと笑った。


「たぶんないから大丈夫」

「だったら私も大丈夫って言いたいけど、それでも朝斗は不安なんでしょ。とにかく約束するだけしてよ」

「ん……そうだな。何かあったら言うよ」

「じゃあ、これでお付き合い成立?」

「長らくお待たせしました」

「ほんとにね」


 軽く肩をどつけば、ちょっとだけ申し訳なさそうな苦笑いが返ってきた。


「……でも私も、ごめん。最初っからちゃんと、朝斗が何不安なのか聞き出せてたらなあ」

「なんも言わなかったのは俺だろ」

「だとしても、今できたならいつでもできたってことでしょ。わがままだったのも、悪かったのもお互い様」

「芹那は俺に甘すぎると思う……」

「朝斗のほうが私に甘いよ」


 きっとここに第三者がいれば、どっちもどっちだと呆れるんだろう。……いや、一応第三者はいるんだけど。もう学校の敷地内だから、通学中の生徒たちが数名。けれど他人にはそれほど関心がないのか、私たちの会話を聞いていそうな人はいなかった。

 知り合いがいたらなー、絶対からかわれるんだけど。

 今日からはもう、堂々と「私たち付き合ってますが何か?」という顔を返していいのだ。ふふーん、わくわくしてきた。


 なんて考えてたら、タイミングよく後ろから声がかかった。


「おはよ、芹那! 須田(すだ)くんも」

(あかり)! おはよう、ちょうどよかった」


 灯は同じクラスの友人である。

 彼女に「おはよう」と返している朝斗の手を、ぎゅっと掴む。掴むっていうか、繋ぐ。いわゆる恋人繋ぎで。唐突な行動に朝斗の方がびくっと跳ねたが気にしない。


「見て! 見て見て!」


 思っていたよりテンションが上がっていたのか、なんの説明もなくただ手を示してしまう。はしゃぎすぎててちょっと恥ずかしくなってきたな……まあいっか。

 私たちの手をきょとんと眺めた灯は、やがて首を傾げた。


「ごめん、なんかある?」

「恋人繋ぎ!」

「あー、確かに。してもらえてよかったねぇ」

「そうだけどそうじゃなくて……えっとね、へへ、私たちさ、やっと付き合い出したんだよね」


 だめだ、にやける。変な笑いまで漏れてしまった。おかしいな、さっきまでの私は割と冷静だったはずなんだけど……。

 そうなんだ? と反射のように相槌を打った灯が、またきょとんと固まった。


「……え、今までってほんとに付き合ってなかったの?」

「なかったの」

「マ? え、えー、ええ~、そういうことにしたいだけかと思ってた! うわぁ、それみんな逆にびっくりするよ。学年一バ……仲いいカップルがカップルじゃなかったとか、他のカップルどうなるの?」

「そんなふうに思われてたの初耳なんだけど……」

「俺も知らない……」


 知らないうちにベストカップル的な認識を受けていたらしい。……いや、うん。完全に『バ』って言ってたよね。バカップルってこと? 付き合ってもなかったのに??

 ベストカップルなら、まあわかる。私だってなんで今まで付き合ってなかったかわかんないし、仲いいのは確かだし……。


「えー、おめでとう! よかったねぇ。あっ、じゃあお邪魔しちゃ悪いし、わたし先行くね」


 ばいばい、と明るく手を振ってくれた灯を見送る。すぐに到着した昇降口で、二人して無言で靴を履き替えた。

 その後、どちらともなく顔を見合わせて。




「……やっぱさぁ。朝斗、観念するの遅かったよね」

「だな」


 なんだかおかしくなって笑えば、朝斗も笑った。

 隣に並んで、教室に向かって歩き始める。本当はお互いの教室で別れるまで手を繋ぎたいところだったけど、我慢した。


 だって、ベストカップルはまだしも、バカップルと呼ばれるのは本意ではないので。





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