act0ーBeginning
はじめまして、無気力ナスビです。
初の小説投稿になります。
至らない部分が色々あるかと思いますが、応援とコメントを貰えると励みになります。
煮え滾る光景、燃え尽きる村。
冒涜的で暴虐的に暴れ狂う炎は、少年の視界を覆い尽くしていく。
昨日まで仲良く遊び、友情を育んだ友達。
面倒を見てくれ、暖かく見守ってくれた大人達。
炎の向こう側から響く彼等の断末魔、悲鳴、絶望。
(イヤだ……恐い……何で…どうして──)
理不尽な恐怖に対する疑問で、思考が埋め尽くされる。
夢であって欲しい、嘘であって欲しい。
しかし肌を刺すその熱さが、現実であることを突き付けていた。
その日、父の仕事の手伝いで熱帯雨林の森に行く時までは、いつも通りの日常だった。
時折道行く村人と軽く言葉を交え、野生の果物を見つけたらそれを採取しつつ森へ向かう。
(これだけあれば、父ちゃんきっと喜ぶぞ)
薬の材料を揃えるのに、それ程時間はかからなかった。
額の汗を拭いつつ、足取り軽やかに村へと駆け出す。
あと少し進めば木々は拓け、そうすれば村は目前だ。
だが少年を出迎えたのは、村があった場所に広がる、熱を帯びた風景だった。
揺らめく炎の向こう側。
人影が浮かび上がり、絶叫と共に捻じ切れる。
目の前の光景に理解が追い付かない。
しかし確実に、恐怖はじわりと少年を襲う。
「〜♬、〜〜♪」
緩やかに拡がる破壊、絶望、苦痛。
それに紛れて、鈴を想わせる鼻歌が耳に入る。
焔の向こう側から零れる、小さな旋律。ハッキリとした音色を伴って。
(きっとあの子だ……ヤッパリあれは夢なんかじゃなかったんだ!)
かつての記憶を想起した少年は、近くの大きな葉が特徴的な植物の茂みに身を隠す。
今でも、蘇る記憶は鮮明だ。
村でも有名ないじめっ子が鼻歌の主によって、ワニの住む川へ突き落とされ、バラバラになっていく光景。
しかし翌日、彼はまるで何事も無かったかのように学校へ姿を見せていた。
これまでとは異なる違和感を伴って。
村を破壊した者が、業火の陰から姿を表す。
少女だった。
枯れることを知らない、小さな花を想わせる可愛らしい少女。
湖面を踊る妖精の様に、軽やかな足取りでこちらに向かい来る、純粋悪。
きっと本人に悪意は無いのであろう。
圧倒的な愛情を持って、村にあった何もかもを焼却にするのだろう。
そんな彼女の在り方を前に、本性を垣間見ていた少年は慄いて、せめて見つからぬようにと地に身体を押し付けた。
徐々に縮まる、少年と少女の距離。
見つかれば、其れ即ち死。
必死に息を殺し、身を潜める。
(来ないで、来ないで、来るな、来るな!)
段々と大きくなる、身勝手なる殺戮者の足音。
悲鳴を堪え、固く目を閉じる。
心臓が飛び出しそうな程の耐え難い恐怖に意識は朦朧とし、そして闇へと沈んでいった。
「う……うぅ………」
シトシトと降る雨が、夜明けを告げる。
少年の意識はジメっとした地面を認識し、次に僅かな痛みを感じて目を開く。
湿り気を帯びた葉が守ってくれていたのか、右腕と左頬に軽く火傷を負った程度で済んでいた。
脅威は去ったのか、少女の姿は見当たらない。
「家に、帰らなきゃ……」
よろよろと立ち上がり、家に向かってフラフラと歩き始める。
焼け落ちて未だ煙が燻る家屋。
知り合いだったと思われる、数々の烈断されて炭となった遺体の側を、重たい足取りで通り過ぎて行く。
不思議と涙は出なかった。
脳が現実と受け入れなかったのか、それとも悲しみが大きすぎて泣くことすら出来ないのか、定かではない。
ただただ空虚を見つめ、灰の上を死人の様に進み続ける。
やがて辿り着いた、村外れにある焼け落ちた廃屋。
それは父が出迎えてくれるはずだった、少年の家。
黒焦げになった残骸を踏みしめ、中に入る。
木炭のチクチクとした感触が僅かな熱を伴って、足の裏を傷付けた。でも、そんな事は気にならない。
心の穴が、広すぎて。
焦げた骨組みとなった家屋の最奥。
父の書斎があったと思われる場所、焼け落ちた柱のみとなった部屋。
そこで少年の目に入った、かつての父の姿。
部屋の片隅に転がる身体にはもう、面影すら見当たらない。
「父ちゃん……薬の材料、取ってきたよ。だから起きて……起きてよ」
籠を置き、力無く揺さぶる。
だがそれは叶わぬ願いで、その言葉は誰にも届かない。
「ぁ…ぁあ……っうう…ぅあ……ああ──」
生気を失った目から、とめどなく溢れ出る涙。
父はもう、いない。
友も、隣人も、村人も、故郷も、全て失った。
少年は泣いた。声を上げて泣き続けた。
いつまでも、いつまでも。
やがて彼の師匠が訪れる、その時まで。
✧ ✧ ✧
星降りの予言
それは、預言者達による命を懸けた予言の総称。
紀元前の苦難を得た各国の預言者と、各国で伝わる未来の残響。
かつて誰もが聞き流すような戯言として流された誰かの妄言は、いつしか予言という概念の器を得て大衆に蘇り、時代と国境を跨いで全世界の預言者が口にしだす。
「見よ、天から光が降り注ぐ。分かたれた人輪は繋がり、時代の夜明けを共に歩むだろう」
バビロンによる終焉記、最終章9節より。
「失意に嘆く者は見上げなさい。あれ等は我々のために与えられる。世の政ごとは光の下にあり、その名は『虚構の数、偽りの実体、未知なる探求』と呼ばれる」
霊帝凱旋録、8章12節より。
「民人よ。あなた達はこの世で最も小さなモノだが、その世界を照らす日はあなた方の内から我々のために出る。その者は遥か未来で生まれ、全てを過去に還すだろう」
マハーラーパタ呪文、解読結果より。
それ等の預言は密かに、まるで子供達が夢見るお伽噺のように扱われ、国境を越えて圧政に苦しむ民人のささやかな心の拠り所となっていた。
子供達を除いて、誰もが本気にしないまま。
時に西暦元年、旧き紀元前の終わり。
約束された天からの星光の落下が地表に、海洋に、世界そのものに降り注ぐ。
星の輝きが失われた夜空。
月と太陽だけが空を制し、全ての言語は歪な形に統一された事で、人類に混乱をもたらした時代。
だが文明は類を見ない程に発展し、国家や部族を越えて繋がり、やがてかつて無い程に繁栄を極めていった。
後に人々はこの日を【星降りの日】と呼び、西暦元年としてして定め、新たなる歴史の幕が上がったのだ。
そして今、私の目の前に立つ強力な陰。
闇を写す瞳の彼。
漆黒の外套を纏った銃士。
兵器として生み出され仮初めの平和を植え付けられた私を諌めてくれた、この終わりかけた世界で共に闘うと誓ってくれた、最強の虚数使い。
叛真定紡。
我知らず、私は出会ったあの時と同じようにあなたの背中を見つめる。
あの頃もあなたは暗闇を突き進んでいて、きっと私の知らないところで戦い続けて。
なのに、私はあまりにも多くを知らなさすぎた。
自分のことも。
お父さんの死因も。
星振りの予言というものが、本当は何を与えたのかも。
お母さんが、何をしていたのかも。
お母さん、鈴音お義母さん。
誰よりも堪え続けたひと。
私のために、平和な世界を歩ませてくれたひと。
あの頃の私は恵まれ過ぎてて、今でも分からない事も多いけれど、それでも確かに言えることもあって。
例えば、そう。私は音宮鈴音のことが、ずっと──
どうも、無気力ナスビです。
プロローグを読んでくださり、誠にありがとうございます。
プロローグなので、まだ何も始まっていませんが、次回から物語が徐々に動き出します。
まだまだこれからですので、応援の程どうかよろしくお願いします。