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花火

作者: 狼卯

7月ももう終わりを迎えようとしている。

例年ではそろそろ梅雨も明けているはずなのだがそんなそぶりもなく連日雨が続く。

そんな中珍しく雨が降っていない。

せっかくだからと外に出たのが失敗だった。


気分転換になるかと思い一人であてもなく出歩きふと立ち寄った図書館。

思い出したくもない記憶がよみがえる。


―「図書館ってすごいよね。これだけの本が無料で読めるんだよ。」


そんなことをいい笑いながらこちらを見る幻影を追ってしまう。

それを振り払うために好きな作家の作品を探し没頭しようとするも


―「ねぇ、何読んでるの?」

―「へぇ、初めて聞く作家さんだね。」

―「結構おもしろいね。ほかにお勧めある?」


聞こえるはずのない声が聞こえてくる。


五月蠅い。


彼女から別れを告げられたあの日からもう何年経っただろうか。

あれから自分の環境も大きく変わった。

仕事も土地も人間関係も。

もう彼女を思い出す物も場所も理由もないはずなのに。


なのに未だに囚われている。


思わず笑ってしまう。


相手を束縛しないようにと続けた関係の結果、自分だけが未だに捕まっているなんて冗談にしても出来が悪い。


ふと気づくと周囲から怪訝そうな視線が送られている。

恥ずかしくなり急いでその場から離れる。


ふと掲示板に目が留まる。

そこには市政案内のチラシや来月以降のイベントの告知ポスターなどが展示していた。

そんな中に一段と目を引くポスターがあった。


『8月1日(土)開催!!夜空に輝く1万発の花火!!』


花火大会のポスターだ。


そういえばそんな時期か。

8月1日といえば明後日ではないか。

天気予報は見ていなかったが雨は大丈夫なのだろうか。

と、見に行く予定もなかった花火大会開催の心配をついしてしまう。


―「ね、来年も絶対一緒に見ようね。」


まただ。

いつまで囚われているつもりなのだろうかと自分に問うてみるが答えは出ない。

そうして果たされなかった約束に唇を噛み締める。



「…最悪だ。」

思わずそんな言葉がこぼれた。

外は土砂降りになっており途方に暮れる。

天気予報を見ずに傘も持たずに来た自分を恨む。


―「これは…どうしようか?」


これ以上ここに居るのはよくないと意を決して歩き出す。

どうせ濡れるのだから走る必要はないだろう。




案の定、というべきか。

風邪を引いてしまった。

在宅かつ時間に自由が利く職業でよかったと改めて思う。

とはいえ一人暮らしでの病気は心が弱る。

消えてほしいと願っている傍にいてくれていた「誰か」をつい探してしまう。

いや心ならとうの昔に弱ってしまっているのだろう。

「誰か」の幻影をずっと連れて歩いているのがその最たる部分ではないか。


「そういえば…」

そういえば花火大会は今日だったなとすでに日が沈んだ外を眺める。

雨は昨日の夕方には上がり、今朝からはずっと晴れ渡りまさに花火日和といった天気だった。

よかったと思う反面、風邪で外に出られない自分の状態を恨めしくも思う。

自業自得ではあるが。

ここに来てから初めての花火大会ということもあって少し見たかったのだが。



果たしてこの部屋から見えないものかと考えていると遠くのほうで何かが光った。

はてと思った後にドンと音が聞こえてきた。


遠くではあるがかすかに見えるらしい。


―「よかったね。」

やはり弱っているらしい。


聞こえるはずのない声に戸惑っていると花火が開く。


―「綺麗だね。」

「ああ。」


思わず返事をする。自分の想像の中の誰かに。


また遠くの空が光る。


―「また一緒に見れてよかった。」

「そうだね。」


ドンと音がする。

―「…ごめんね。」

「なんでお前が謝るんだよ。」


連続で打ちあがる。


―「ずっと一緒にいるって言ったのに。」

「お前のせいじゃないだろ。」


そうだ、「彼女」のせいじゃない。

彼女自身を尊重できず傷つけるだけだった自分の言動が理由だ。

あれからずっと後悔している。


―「君のせいでもないよ。」

「そんなことはない。」

―「そんなことあるの。」

―「私は君といて幸せだったよ。」


そういって笑う「彼女」を見て思う。

あの時、ちゃんと言えていればよかった。


「なぁ、今幸せか?」

―「…うん。」


―「だから、私のことは忘れて、君は君の幸せを見つけて。」


そういって泣きそうに笑う「君」。


花火はいつの間にか佳境に向かって巨大花火を乱発している。


「…俺は――」


ドーンと最後の花が開き「君」が消える。



はっと気が付くと時計は午後8時を指していた。

ちょうど花火大会が終わった時間だ。

ふと外を見てみるとザーと雨が降っている。


…どうやら夢を見ていたようだ。

携帯で調べると花火大会はどうやら明日に延期になったようだ。

それとこの部屋からは花火が見えないことも分かった。


ため息をつく。

「…忘れるなんてできないよ。」


そして願う。

もう2度と彼女を傷つけることが無いように。

もう2度と会うことが無いように。


「好きだ」ということをちゃんと伝えられなかった後悔は花火のように輝いた日々の痕をその煙のようにずっとそこに漂わせている。


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