最後の日前編
……いよいよ、やってきちまったか。
三月の九日の日曜の朝が……。
——俺と綾の最後のデート日だ。
朝早くに出かけ、待ち合わせの駅前に向かう。
「あっ! 冬馬君!」
「おう、綾……なんか、不思議だな」
「えへへ、そうだね。でも、これで最後だから」
「まあ……もう着る機会もないしなぁ」
休日の日曜だが、俺たちの格好は学生服だった。
海外の学校は私服なので、卒業式を除けば……今日が制服を着る最後の日になる。
「セーラー服も見納めかぁ……名残惜しいもんだな」
「ふふ、冬馬君おじさんみたいなこと言ってるよ?」
「ほっとけ。男にとっては一種の憧れなんだよ」
「女子だってそうだよ? 学ランカッコいいもん」
そんなふうに、俺達はいつものようにたわいない話をする。
それが二人で決めたことだからだ。
悲しくないはずはないけど、それでも前を向いて行こうと……。
さて……本日のデートコースは決まっている。
二人で相談した結果、挨拶回りをすることにした。
まずは、矢倉書店へ行く。
「善二さん、弥生さん」
「ああ、嬢ちゃんに冬馬か」
「いらっしゃい、二人共。ほら、上がってくださいな」
店が始まる前に、少しだけお時間を頂いたので……。
こうして、朝一番にやってきたわけだ。
「それで、引っ越しはどうですか?」
「それがねぇ……お父さんが同居は嫌だって言うのよ」
「俺は一人で平気だ。お前は、相手のお袋さんのことを気にかけてやれ」
「もう、こればっかりよ」
真兄は今年中に一軒家を買って、自分達夫婦、お袋さんと黒野、そして善二さんと暮らそうとしている。
家族がバラバラな期間が長いし、お互いに寂しさを知っているからこその提案だと思う。
「善二さん、いつまで一緒に居られるかわからないんですから。居れるうちはいた方がいいですよ?」
「そうですよ!」
「お前達二人に言われると痛いな……仕方がない、考えてみるとしよう」
「ふふ……ありがとう、二人共」
その後、たわいない話をして……最後の挨拶をする。
「じゃあ、綾ちゃん……私とお父さんはこの本屋を続けるつもりだから、また帰ってきたらよろしくね?」
「ふん、好きにするといい」
「はいっ! ありがとうございました!」
「では、これで失礼します」
二人に別れを告げたら……移動をして、俺のバイト先に向かう。
「お疲れ様です」
「お、おはようございます」
「やあ、二人共」
「きたか」
昼時前なので、二人共休憩室にいてくれた。
「あの、色々とお世話になりました!」
「ううん、こっちのセリフだよ。冬馬君ってば、綾ちゃんのためにバイトを入れるって張り切って……」
「店長」
「あわわっ!? ご、ごめん!」
「冬馬君?」
(……まあ、この人のポンコツぶりは想定内だしな)
「いや、受験もあるから今のうちに働こうと思ってな」
「そうだよね、いつまでやるの?」
「まあ、出来ればギリギリまでやりたいかな。夏あたりまでかも」
(ふぅ……どうやら、誤魔化せたようだ)
その後、表から店に入り、ついでに昼食を食べていく。
「ご馳走さまでした」
「ご馳走さまでした!」
「あいよ、また来な」
「うんうん、待ってるからね!」
「ありがとうございます!」
二人に別れを告げて、次の場所に向かう。
「ただいまー」
「いらっしゃい、冬馬君」
「にいちゃん!」
「こんにちは、玲奈さん。誠也もな」
綾の家にいき、リビングのテーブルに座る。
一応挨拶は済ませているが、最後にもう一回だけきたというわけだ。
「どうですか? 準備の方は?」
「ええ、平気よ。本当に、お世話になったわね」
「いえいえ、お世話になったのは俺の方ですから」
「にいちゃん! 色々とありがとう! 僕、にいちゃんのおかげで強くなれたから! あっちでも、頑張るよ!」
「おっ、そうか。じゃあ、次会った時を楽しみにしてるからな」
「うんっ! にいちゃんの代わりにお姉ちゃんも守るから安心して!」
「それは心強いな」
「ふふ、誠也ったら……」
その後挨拶をして……。
カラオケ、ゲーセンなどをして遊び……。
夕方頃にお茶をして、喫茶店のマスターに挨拶をする。
「マスター、どうもお世話になりました」
「いえいえ、また是非いらしてくださいね」
「はい、また来ますね」
あっさりした挨拶が終わり、綾が店から出ると……。
マスターが、俺に耳打ちをしてくる。
「冬馬君」
「はい?」
「頑張るんですよ?」
「……はい」
(相変わらず、鋭いと言うか……何も言ってないのに)
綾の後を追って、俺も店を出る。
「じゃあ、歩こうか?」
「うんっ!」
手を繋いで、薄暗い路地を歩いていく。
「懐かしいね……ここから始まったんだね」
「ああ、そうだな」
ここで、綾を助けなかったら……出会わなければ……。
一体、どうなっていたんだろうな……もしかしたら、形は違ったのかもしれない。
「あの時、ヒーローが現れたと思ったの……考えると心臓が破裂しそうになって……感じたことのない熱が溢れてきて……ああ、これが恋なんだって気づいたの」
「そうか……俺は、最初はめんどくさいと思っていたな」
「ふふ、そうだったよね。私、必死で頑張ったんだよ?」
「悪かったよ……ありがとう、綾。俺を見つけてくれて……俺の人生を変えてくれて……」
「ううん、そんなことないよ。それは私の台詞だもん」
「いや、綾がいなければ……だから、今度は俺が頑張る番だ」
(今、ひと気はない……ここしかないか——二人が出会ったこの場所で)
俺はポケットからあるものを取り出して、綾の正面に立つ。
「冬馬君……?」
「綾、帰ってきたら——俺と結婚してほしい」
俺は膝をつき、小さな箱を差し出す。
……あとは、綾の答えを待つだけだ。