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ひとまず

 ……留学か。


 落ち着け、昨日のことを繰り返すな。


 まずは、しっかりと話を聞こう。


「留学?」

「うん……元々しようかなって話はしてたでしょ?」

「ああ、でも逃げになるからって理由でやめたんだよな?」

「うん、そうなんだけど……冬馬君に夢のことを話されてから、ずっと頭に残っていて……私も本格的に英語の勉強をしたいって」

「そうか……」

「だから、お父さんに説明したよ。お父さん、一年間留学させてくださいって。幸い、受け入れ先はお父さんの職場近くの学校があったから」


(一年の留学……そういや、うちは留学制度とかあったな。単位も取れるし、卒業もできる)



「……それで?」

「うん……一年間、家族として過ごすし、時間もいっぱい作るから……大学はこっちで受けさせてくださいってお願いして……ひとまず、冬馬君に伝えてきなさいって」

「そうか……」


(……喜ぶべきなのか? 俺はどうしたい? 綾と離れたくない……しかし、それでは綾の意思はどこにある? 俺のエゴで……いや、違うか。まずは、俺の正直な気持ちを伝えるべきなのだろう)


「俺は……綾と離れたくない」

「と、冬馬君……その、嬉しい」

「無理矢理にでも連れ去ってしまいたいくらいだ」

「ふぇ!?」

「……というのは冗談だけど。まあ、それくらいの気持ちはある。昨日は変に物分かりの良いふりをしたが……俺の正直な気持ちだ……我ながらかっこ悪いな」

「ううん! そんなことないよっ! その……嬉しいよ、冬馬君がそういう弱い所見せてくれるの。いつも、ごめんね。私が、冬馬君に色々と求めすぎてたんだよね」

「それは違う。単に、俺が……好きな子の前でカッコつけたかっただけだ」

「えへへ……あとね、冬馬君のことヒーローだと思ってて……私が困ってると、いつだって助けてくれる」

「そりゃ、買いかぶりだな。俺はただのカッコつけだよ」

「ふふ、それでも良いもん。私にとっては……あのね、でもね」


 綾は何か言い辛そうにしている。


「綾、今日は正直に話してくれ。俺もそうするから」

「それじゃあ、いけないって思って……」

「何がだ?」

「冬馬君に頼りきって……依存して……そのまま享受していくことが」

「……俺のせいか?」


(俺が何でもかんでも立ち入りすぎたか? 黒野の件や、森川の件、ストーカーの件など……しかし、一歩間違えば酷い目に遭っていた可能性も)


「ち、違うの。それは私が弱いからいけなかったの。あのね、お母さんにも言われたんだけど、頼ることと依存は違うって。私は全部冬馬君に任せれば平気だと思って……いつしか、それが当たり前になって……自分が出来ることをやらないようになった気がするの」

「ふむ、俺はそんなこと思わないが……綾にとっては違うということか」

「多分ね、このまま……冬馬君に甘えて過ごすのは幸せだと思うの。何の不安もなくて、頼れる冬馬君がいて……いつしか傲慢になりそうな自分がいるの」

「それは……」


(俺が綾に何でもしてあげたいっていう気持ちは……間違いだったか? ……もしかしたら、綾の自立心の妨げになるか)


「だから、あの時ショックを受けたんだと思う。冬馬君なら、お父様を説得したり、何とかしてくれるって無意識のうちに思ってたの。そんなわけないのにね、冬馬君だって私と同じ高校生なんだもん」

「つまりは……俺から離れて自立するってことか?」

「……うん、そういうことだね。一年間勉強も頑張って、色々なことを学んで……それで、冬馬君と会いたいの」

「そうか……そのあとはどうするんだ?」

「大学は多分推薦で行けるから、その試験を受けると思う」


(留学経験がある上に、学年トップクラスの成績、品行方正な生活態度……落ちる要素がないな)


「こっちの大学ってことか?」

「うん」

「住むところはどうするんだ?」

「あっちで日本語を教えるバイトがあるみたいだから、それでお金貯めて……今の家で一人暮らしかな。生活費なんかは自分で稼ぐつもりだよ。だって、私のワガママだもん」

「そうか……少し待ってもらえるか? 考えをまとめたい」

「うん、もちろん。何でも聞いてね」


 そう言う綾の瞳には力がある。

 昨日、いや……今までとは違う。

 眩しくも、綺麗で……俺が酷く子供に見える。

 ……なんてことない、俺のが子供だったということだな。

 しかし……綾が意思を示した以上、俺も示さなくてはいけない。

 それが俺のちっぽけな矜持であり、綾に対する礼儀だからだ。


「わかった……俺としては、それで良いと思う。もちろん、寂しくもあるし……色々と言いたいことがあるが、それは綾が家族と話してからだ。俺の言い分もあるから、その後で聞いてくれると嬉しい」

「う、うん! ありがとう、冬馬君。私のワガママで……あのね、待っててくれる?」

「ああ、もちろんだ。たとえジジイになってもな?」

「ふふ、そんなに待たせないよ。あのね、私は冬馬君に頼られるような女性になりたいんだ。そうして……助け合って生きていきたいです」


 ……綾は、俺との先のことを考えてた。


 ならば、俺も示さなくてはいけない。


 親父に早速頼み事をすることになりそうだ。


 何より……相手のお父さんに。

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