表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/176

相容れない気持ち

 ……なに? 転勤が伸びる?


 ……落ち着け、まずは話を聞かなくてはいけない。


「お、お父さん! 聞いてないよっ!」

「ぼ、僕もっ!」

「なるほどねぇ、あなたが言い淀んでいたのはそれなのね。二人とも、まずは話を聞きましょうね」


 俺は深呼吸をして……気持ちを落ち着かせる。


「ふぅ……それは俺に関係なくってことですか?」

「ああ、そうだ。別に娘と付き合うのを嫌がって連れていくわけじゃない。元々、その話をするつもりで一時帰国したんだが……」

「なるほど、その前に俺の話を聞かされてしまったと?」

「そうだ。おかげで頭が真っ白になるし、これからのことを考えると……全く、胃が痛くなるな」

「そうですか……」


(さすがに、これ以上の言葉が出てこない……綾がいなくなる? 俺の前から……そんな未来は嫌だ! しかし……)


「そ、そんなこの世の終わりみたいな顔をしても無駄だぞ!」

「お、お父さん! 勝手に決めないでっ! 私は、冬馬君と離れたくないっ!」

「ぼ、僕は……うぅ……わかんないよぉ〜」

「ぐはっ……」


(物凄いダメージを受けているな……まあ、当然か)


「あなた」

「は、はい」

「まずは、しっかりとお話をしてください」


(なるほど、奥さんには弱いと……)


「ああ、そうだな……実は、急遽決まったことでな。詳しい説明は省くが、トラブルが色々あって仕事を一からやり直すことになった。そのためには計画から練り直したり、地域住民との話し合いを進め……とにかく、時間がかかる」

「そういうことなのね……あとは、私が原因かしらね?」

「それもある。今の仕事がひと段落しそうなんだろ?」

「ええ、今のが終わったら、しばらくはゆっくりする予定だったから」


(そうか……確か、元々は弁護士であるお母さんの仕事が立て込んでるのと、新築の家を購入してしまったこと、転勤が短いから連れて行かなかったんだっけ)


「家は誰かに貸し出すか、そのままにしておくかは考えないといけないがな」

「そうね……まあ、私はついていきたいと思うけど……」


「そ、そんな……わ、私は……嫌だもん!」

「い、いや、しかしだな……下手すると四、五年は帰って来れない」

「高校は!? だ、大学は!? 私はどうするの!?」

「あちらの学校に転校という形になる。大学もあちらで……」

「私はここに残るもん!」

「綾、あまりわがままを言わないでくれ……」


 親父さんは、今にも泣き出しそうな顔をしている。


(そうだよな……可愛い娘や息子、愛する奥さんと会えないんだもんな。家のこともあるし、家族には色々言われるだろうし……それでも、一緒にいたいんだよな)


 ……俺は、ここで一大決心する。


「綾……出来るなら——ついていった方が良い」

「へっ? ……な、なんで!?」

「き、君の口から、その言葉が出るとは……」

「あら……流石ね」


 それぞれの顔を見ながら、俺は平静を装いつつ、ゆっくりと話す。


「綾、俺のことなら気にすることはない。例え、何年でも待ち続けよう」

「違う! どうしてそんなこと言うの!? そんな平気な顔して!」

「綾、俺は以前なんと言った?」

「へっ? な、なんのこと?」

「家族が一緒にいられる時間は思ったより少ない」

「あっ——そ、それは……」

「もし、ここに残るとしたら……もう、過ごす時間は少ないかもしれない。大学を卒業すれば、就職があったり、一人暮らしをしたりな」

「と、冬馬君はそれで良いの!? 私と離れても平気なんだっ!」

「っ——!! 平気なわけがないだろうが!!」

「ひゃっ!? ……グス……もう! 良い! 冬馬君なんか——嫌い!」


 そう言い、綾はリビングから飛び出していった。


「……にいちゃん、大丈夫?」


 テーブルに突っ伏す俺を、誠也が優しくさすってくれる。


「……平気じゃない」


(か、体に力が入らない……ショックが大きすぎる……思わず、大きな声を出してしまった自分にも……何より、綾に嫌いと言われてしまった……)


「あらあら、冬馬君らしくないわね……でも、そうね。しっかりしてても、まだ高校生だもの。ふふ、ようやく年相応に見えるわよ?」

「はい……我ながら精進が足りなかったですね」

「き、君は、何であのように……? 私の味方になるようなことを……」

「別に味方をしたわけじゃないんですけどね。俺だって、出来るなら離れたくない。連れて行くなら——無理矢理にでも連れ去ってやりたい」

「では、なぜだ?」

「その理由は、気になるなら奥さんに聞いておいてください。ひとまず、今日は帰りますね。流石に俺も……冷静ではいられない」


 返事を待たずにリビングを出て、玄関から外に出る。


 来た時のドキドキや晴れやかな気持ちは消し去られ……。


 残るのは綾と一緒にいたい、でも家族を引き裂きたくないという……。


 どうしたって、相容れない二つの気持ち。


「何より、綾を泣かせてしまった。あんな顔にさせてしまった……俺自身の手で」


(やっぱり、願い事なんかするんじゃなかったな……)


 冷たい空気の中、俺はフラフラと歩き出すのだった……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ