長い一日の始まり
金曜日が終わり、土曜日がやってきた。
いよいよ……真兄と弥生さんを引き合わせる日を迎えた。
同時に黒野の念願であった、真兄とのお出掛けでもある。
正直言って、弥生さんがいると色々な意味でも助かる。
これで、誰かに見つかっても問題がなくなった。
どう見ても真兄のお相手は女子高生ではなく、弥生さんに見えるだろうからな。
年上が1人でないことでも、良いカモフラージュになる。
お昼ご飯を4人で食べて、俺たちは駅前にて真兄を待っていた。
「さて……そろそろ来る頃かな」
「アタシまで良かったのかな〜?」
「愛子がいた方が加奈もリラックス出来るよね!?」
「……うん。愛子、来てくれてありがとう」
「加奈……えへへ、照れるし……まあ、先生が奢ってくれるって言うし……」
「ウンウン、素直でよろしい。冬馬君、今日はどんな予定なの?昨日の夜に考えるって言ってたけど……」
「まずは、真兄には親父さんと闘ってもらう。それが成功したなら、動物園に行く予定だ」
「そ、それもあったね……あっ——だから、歩きやすい格好って言われたんだ」
「おう、よく似合ってるぞ?可愛いくて抱きしめたいくらいだ」
今日の綾は動きやすい服装だ。
上半身は、寒くなってきたので白のモコモコセーターを着ている。
萌え袖になっているのがたまらない……!
下半身には、長い脚に青のジーンズがよく似合っている。
赤のスニーカーとの色合いも良い。
髪型もサイドテールで新鮮に感じる。
「あ、ありがとぅ……と、冬馬君もかっこいいです……」
「俺はいつも通りだけど?」
黒のパンツに、青のスニーカー。
上は長袖シャツにインナーを着て、ジャケットを羽織っているだけだ。
「い、いつもかっこいいのです……」
「ねえ?アタシ達いるの知ってる〜?」
「無駄よ、愛子」
「あっ——はぅぅ……み、見られちゃった……」
「つい、いつものが出てしまったな。これも綾が可愛すぎるからだ」
……いかんいかん、自重しなくては。
今日の主役は、真兄と弥生さんに黒野なんだからな。
「あぅぅ……で、でも……なんで動物園なの?」
「以前弥生さんと話してて、動物が好きだって聞いたことがあってな。ただ、親父さんがアレルギー持ちらしいし、2人暮らしだから飼えないそうだ。動物園なら話題にも困らないし、歩きながら話せるし良いかなと思ってな」
「あっ——なるほど……確かにそうかも」
「後……綾も好きだろ?」
「え……?い、言ったことあった……?」
「いや、ないな。ただ、動物園のニュースとか流れると食い入るように見てたからさ」
「むぅ〜……気づかれてたのです……」
「何故言わなかった?」
「だ、だって……子供っぽくないかな……?高校生にもなって……」
「そんなことないさ。確かに家族連れや、大人の恋人が行くイメージはあるが……全く、相変わらず遠慮しがちだな?」
「ご、ごめんなさい……」
「いいさ、それも含めて綾の良いところだ。俺が察すれば良いだけの話だ。今回楽しければ、今度は2人でくればいい」
「冬馬君……えへへ〜、ステキな彼氏さんを持って、私は幸せです……」
「ねえ?アタシ帰って良い?」
「待って愛子。私を1人にしないでちょうだい。ねえ?恥ずかしくない?」
「ふっ……綾の可愛さの前には羞恥心など皆無だ。なにせ俺の天使だから」
「て、天使……!」
「綾、貴女……ついに天使になったわよ?」
「じゃ、じゃあ……冬馬君は……魔王?いや、それだと敵対しちゃう……わ、私を守るナイト様……?うん!これだね!」
「あっ——、こっちもダメっぽい」
「まさしくバカップルね……ここまでくると清々しい気分になるわね」
そのまま五分ほどすると……どうやら、来たようだ。
……赤のライダージャケット。
黒のパンツに赤のスニーカー。
うん……オラオラ系しか見えないね。
「冬馬!!敵はどこだ!?姫はどこだ!?」
「落ち着けっての!敵でもないし姫でもないから!」
「兄さん……これは、私がしっかりする必要があるわね」
「アタシは静観してるね〜」
「ハハ……先生、よっぽど嬉しいんだろうなぁ……」
テンションがおかしい真兄を連れて、矢倉書店に到着する。
店の前には……クマがいた……いや、善二さんがいた。
「冬馬、来たか……その男がそうか?」
「ええ、こちらは名倉真司さんです。俺の兄貴分にして、担任の先生でもある人です。とても男気のある方で、俺の目標である漢の1人です」
「冬馬……へっ、嬉しいこと言ってくれるぜ」
「お前がそこまで言うならば、良い漢なのであろうな。だか、それとこれとは話は別だ。たったひとりの娘を連れて行こうする輩は……許さん……!」
親父さんから勢いよく拳が放たれる!
「グハァ!?」
真兄は腹にまともに喰らい、アスファルトを転がっていく!
「兄さん!?」
「おい!?真兄!?」
「え?2メートルくらい飛んだよね?」
「ア、アタシも見た……」
「む?どうして避けない?防御もしなかった……冬馬の話では、相当な喧嘩慣れをしていると聞いていたが……」
真兄が足を震わせながらも立ち上がる……!
「へっ……大事な娘さんをデートに誘うんだ……この一発は受けると、最初から決めていた……クッ!……しかし、重い拳だ……今まで1番かもしれん……きっとそれだけ大事にしてきたということか……」
「なるほど……俺の負けだな。冬馬の言う通りの良い漢だ。だが、お主の拳はまだ受けていない。拳には魂が宿る。そのものがどのように生きてきたかがわかる。さあ……来い!」
「へっ!後悔するなよ!!ウォォォ——!!」
真兄の助走をつけた拳が、善二さんの腹に直撃する!
「ふむ……中々の拳だ……気持ちの入った……まだ、若い者にもいるのだな」
喰らいはしたが、一歩たりとも微動だにしない……!
「ハァ?マジか……効いてない……!」
「う、嘘だろ……?ヤクザすら沈める真兄のパンチをまともに喰らって……?」
「ふっ……まだまだだな。だが、許可する」
「……ありがとうございます!」
「……アタシは何を見せられてるのかな〜?」
「奇遇ね……私も今、そう思ったところよ……」
「ハハ……私は大分慣れてきちゃったかも……こういう感じに……」
「俺にはよくある光景だけど……まあ、普通はそうかもな。どこの熱血漫画だって話だな」
……フゥ、どうやら1番の関門は突破したな。
あとは……お2人次第ってところだな。