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冥龍の裁き(2)

 龍神達は自らの神気を分け与えるに相応しい人物を選び、加護と称してその者に授ける。

 加護を与えられた者は、人知を超えた力の一部を使えるようになる。例えば、炎龍なら炎を、水龍なら水を操ることが出来る。


 しかし、加護による一番の恩恵は、龍の力を扱えることではない。

 龍神の加護を授かった女は、皇帝に一番近い妃賓──四龍妃の一員となる。そして、皇帝のために優れた子を産む使命を与えられる。凛龍は次期皇帝をその子の中から選び、加護を授ける。

 四龍妃を目指す女にとって最も重要なのは、龍神に認められることだ。

 どんなに優れた頭と男達を虜にする美貌を持っていても、加護がなければ四龍妃にはなれない。火蘭妃は見事、炎龍に選ばれたのだ。


 その火蘭妃の侍女が消息を絶った。ここでの暮らしに嫌気が差したという理由であればよいが、外からは見えない内情を流すためだとしたら。


「あの子がいなくなるはずがありません……姿を消す前日、火蘭様からいただいた菓子を食べようと、皆で約束をしていたのです」


 涙を流す彼女達に、友人の不信を告げるのはどうしたものか。そう考えているのか、鉄仁も沈黙を続けている時だった。


「あなた達、もう少し危機感を持ったらどうなの?」


 火蘭妃の侍女達へ厳しい言葉が向けられる。だが、声の主は見当たらない。周囲を見回していると、空から藍色の水球が降り落ち、地面に着地すると同時に飛び散った。


 水飛沫を纏いながら水球の中から現れたのは、藍色の髪の妃賓だった。その背後には数人の侍女。

 妃賓としての地位が高ければ、それだけ侍女も多く持てる。その権力を誇示するかのように、多くの侍女を引き連れている妃賓がほとんどで、彼女もその一人だろう。

 いや、そうでなくとも、彼女が高貴な位であるとはすぐに分かった。水を使用した移動の術。この後宮において、使えるのは一人しかいない。


「瑠流様、彼女達は友人の身を案じて……」


 鉄仁が藍色の妃賓を諌めようとする。


「二度も言わせるつもりかしら。四龍妃の侍女が消えたのよ。あの女にとって、知られると都合の悪いことを誰かに密告するためとは考えないの? 友人はもう、裏切り者になっていてもおかしくはないのに」

「瑠流様、お言葉がすぎます」

「あなたもわたくしと同じことを考えていたはずよ。見た目の割には甘いのね」


 嘲笑する美女に、鉄仁は気まずそうな顔で口を閉ざした。

 水龍の加護を持つ四龍妃の一人、瑠流妃。噂通りの性格だと思いながら蒼燕は瑠流を見詰める。

 彼女の甲には、流水を示すような青い紋が浮かび上がっていた。


「……そこのあなたは新入りの警護兵?」

「はい。蒼燕と申します」

「では蒼燕、今すぐにその布を取って顔をお見せなさい」

「構いませんが、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「怪しいからに決まっているでしょう。素顔が分からない兵に見張りをさせるくらいなら、宦官のほうがまだ信用出来るわ。あんな連中でも」


 酷い言い草だ、と蒼燕は内心で溜め息をつく。宦官とて、好き好んで去勢をしたわけではない。よほどの名家の生まれでなければ、宮仕えは難しい。

 だが、宦官になれば、警護兵を除いて男子禁制である後宮に入ることができる。そこで皇帝や妃賓のお眼鏡にかなえば、出世も夢ではない。

 宦官の多くは、年老いて働けなくなれば悲惨な末路が待っている。それでも、僅かな望みを懸け、華やかな女の園に足を踏み入れるのだ。


「武官殿、彼はどこの家の者?」

「辺境の村の出身と聞いておりますが……」

「そんな者を後宮の兵士に? 一体、誰の指示かしらね」

「白金様でございます」

「あの御方も何を考えて……」


 しゅる、と瑠流の言葉を遮るように、布擦れの音がした。蒼燕が自らの頭部に巻き付けていた白布を、ゆっくりと外していく。

 その下から現れたのは、顔全体に残された惨たらしい火傷の痕だった。特に右半分が酷く、右目は固く閉ざされている。


「ひ……っ」

「………………」


 侍女たちが顔を引き攣らせ、瑠流も僅かに顔を歪ませる。それらの反応に蒼燕は悲しむどころか、口元を吊り上げて笑った。


「鬱憤を晴らすために、親が我が子に手を上げる。何の娯楽もない田舎では、よくある話でございます」

「……妙な勘繰りをしたことは謝罪いたしましょう。悪かったわね、もう布を巻いてもいいわよ」


 瑠流が素っ気ない口調で促す。だが、衝撃が強すぎたのか、侍女達は未だに動揺した様子だった。その一人が「痛みは……?」と恐る恐る聞いてきたので、蒼燕は首を横に振る。


「多少の違和感こそございますが、痛みは残っておりません」


 出来るだけ優しい声音で答えると、彼女はいくらか安堵したような表情へと変わった。


「……ねえ、あなた」


 瑠流が探るような眼差しを向けたまま、蒼燕に問いかける。


「ここにくる前は何をしていたの?」

「主に畑仕事を」

「そう」

「……如何なさいましたか?」


 蒼燕が聞き返すと、瑠流は面白くなさげに鼻を鳴らした。


「白金様が招いたのなら、わたくしはこれ以上詮索するつもりはないわ。だけど、一つだけ」


 瑠流は蒼燕の耳元に唇を寄せた。そして、水面に出来た薄氷のように冷ややかな声で告げる。


「ここは牢獄のような場所よ。気を付けなさい」

「御忠告、感謝いたします」


 特に動揺することなく、蒼燕は静かな声で言葉を返した。その反応が気に食わなかったのだろう、瑠流は眉を顰めていた。

 瑠流は素早く踵を返すと、侍女達を引き連れて何も言わずに去っていった。次いで、話を終えた火蘭の侍女たちも、鉄仁に促され部屋に戻ると、鉄仁は苦笑しながら口を開いた。


「あまり気を悪くするな。瑠流様もその……お前を虐めたくて、あんなことをおっしゃったわけではないのだ」

「それは存じております。むしろ、あそこまで疑り深くなければ、この世界では生きてはいけないでしょう」


 四龍妃は、多くの者にとって羨望と嫉妬の対象となる。龍の加護を受け、皇帝に近い存在になったからといって、手放しで喜ぶことは出来ない。


「だが、瑠流様はあのような性格のせいで、他の四龍妃との折り合いも悪い。特に火蘭様とはな」

「火蘭様も瑠流様のような御方なのですか?」

「いや、芯の強さは同じだが、火蘭様は穏やかな性格で下女や宦官に対しても、分け隔てなく接する御方だ」


 瑠流妃とは対照的である。


「はい。あの侍女達も、火蘭様から菓子を戴いたと」

「陛下だけでなく、銀露公主からの信頼も厚い。……瑠流様が、特別火蘭様に強く当たられるのは、嫉妬も含まれておるだろうな」


 ここだけの話だぞ、と付け加えて鉄仁は小さく笑った。

 尤も、この後宮では周知のことである。四龍妃である二人が不仲なのだから。

 もう少し情報が欲しい。蒼燕は「他のお二方とは、良好な関係を築いていらっしゃるのでしょうか」と、独り言のように呟いた。

 すると、予想通り、鉄仁は食い付いてくれた。


「風龍の桃紅様は、少し変わっておられる。瑠流様も苦手としておられるようで、あまり関わろうとしない。そして、最後のお一方なのだが……」


 鉄仁はそこで言葉を濁した。

 現在、四龍妃は炎龍の火蘭妃、水龍の瑠流妃、風龍の桃紅妃。そして、冥龍の玲華妃だ。

 この五百年の中で、冥龍の加護を授かった妃賓はいないとされている。皇帝のみに加護を授ける凛龍と同様に、冥龍はある一族の当主を選ぶ。

 つまり、男だ。

 なのに、今回はどういうわけか、当主の娘である玲華に加護を授け、よって彼女は四龍妃となった。


「もしや瑠流様以上に気難しい御方なのですか?」

「いいや、そういうわけではない。……ああ、あそこにおられるのが冥龍妃、玲華様だ」


 鉄仁の視線を辿る。雪のように白く小さな花を咲かせた木の前で、年老いた侍女を一人だけ連れた妃賓が、静かに微笑んでいた。



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