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自己紹介

 霜月さんが「先生に挨拶します」というので職員室に行くと、彼女は5分も経たない内に出てきた。


「やけに早いですね」

「は、はい……先に行っていいと言われました」

「……そうですか」


 普通、転校生は教師と一緒に入ってくるのでは?という疑問はあったが、まあいいんだろう。転校の手続きとかよくわからんし。それより……


「メイド服に関しては?何も言われなかったんですか?」

「はい……ろ、論破してきました」

「…………」


 このおどおどした口調で、何をどう論破してきたというのか。

 彼女の目を見たが、すぐ気まずそうに逸らされた。あっ、多分ウソだ。ウソついてる、この人……。


「本当に論破してきましたか?」

「っ!?ほ、ほ、本当……ですよ?」

「…………」


 ……まあいい。

 どこまでウソを突き通せるか見届けよう。別に俺には何の被害もないし……できれば着替えてもらいたいけど。

 ひとまずこのまま教室に向かうことにした。


 *******


 ……朝っぱらからやけに教室がざわついている。

 それ自体はよくある光景なのだが、今はそのざわめきがどこか遠い。

 もちろん、理由は一つしかない。


「あ、あれ、何だ?」

「メイドさん……だよね?」

「稲本……ついにそこまで」

「さすいな」


 おい。何が「さすいな」だ。ふざけんな。

 ナチュラルな変態扱いに忸怩たる思いを抱きながら、隣の席に座るメイドさんを見る。

 霜月さんは当たり前のように俺の隣の席に座っている。しかし、もちろんそこは彼女の席ではない。そこは自称・クラスで10本の指に入る美少女、夢野ありすさんの席だ。自信の微妙さがわかるキャッチフレーズはさておき、夢野さんは何ともいえない表情で教室の隅っこから、メイドさんの様子を窺っている。ごめんなさい、本当にごめんなさい。

 

「なあ、霜月さん。さすがにその席からはどいた方が……」

「わ、私は……ご主人様のメイドですので……はい」


 おどおどしてる割に、本当に自分の主張は守り通す。

 何だかんだハート強すぎるんだけど、このメイドさん。あとついでに力も強い。

 そして、その言葉に周りから再びどよめきが起こる。


「こ、こういうプレイなのか……」

「羨ましい」

「稲本君……最低」

「FANTASTIC」


 くっ、些細なやりとり一つだけで、面白いくらい好感度が下がっていく。理不尽すぎるだろ、これ。

 すると、誰かが気さくに肩をぽんぽん叩いてきた。


「お、おい、幸人……隣の子は……誰だ?」

「えっと……そっちこそ誰だ?」

「いや、親友の名前忘れんなよ。横田だ横田!てか、本当にその子、お前のメイドなのか?」


 横田雅司。高校に入ってからの友人だが、その気さくな人柄から、変人と誤解されがちな俺にも普通に接してくれている。高校デビューで染めた茶色い髪はあまり効果を発揮していないが、本当にいい人だと思う。

 だが、そんな彼からの質問にも、俺は上手く答えることができなかった。 


「……いや、俺もよくわからん」

「ぴゃうっ!あ、あの、私はご、ご、ご主人様のメイドです!メイドですよ!な、何なりとご命令をお申し付けください!」


 メイドである事を否定されていると思ったのか、いきなり肩をガクガク揺さぶってくる霜月さん。いや、いきなり主人揺さぶるとか、どんなメイドさんだよ。あと、この人やっぱり力強ぇ……!さらに、アンタ何気に俺の言うこと聞かねえだろ。

 そんな霜月さんの言葉に、さらに周りが盛り上がる。何人かが殺意のこもった目付きをしているのが怖い。


「ねえ、ちょっと稲本君」


 明らかにこちらを責めるような声音。

 振り向くと、学級委員長の竜宮寺奈央が腰に手を当て、じろりとこちらを睨みつけていた。

 彼女は成績優秀、品行方正とか、その辺りの真面目そうな四字熟語が似合う人物として、クラス内で程々に恐れられ、程々に敬われている。

 普段挨拶を交わすでもない彼女が、わざわざ俺に話しかけてきた理由は言うまでもなく……


「誰、その人?何で制服じゃないの?」

「えっと……」

「メ、メイドだからです……」

「…………」


 まさかの返事に竜宮寺が固まる。無理もない。俺もこのハートの強さがどこにあるのかを知りたい。

 竜宮寺は、標的を霜月さんに変えたのか、彼女の正面に立った。


「あなた、そもそもこの学校の生徒なの?初めて見る顔だけど」

「は、はい」

「えっ、本当に?」

「……本当です」


 霜月さんはおどおどしながらも、しっかり答える。

 その返事に納得したのかはわからないが、竜宮寺は黙って霜月さんを見つめた。

 ……とそこで、担任の花下先生が入ってきた。


「おーい、どうしたー。席に着けー……ん?えっ……あの子、本当に転校生?本当に?どっかのクラスの生徒がふざけてたんじゃないの?」


 先生は霜月さんを見て、驚きに目を見開いた。

 ……論破したんじゃねえのかよ。

 霜月さんに目を向けると、何故か向こうを向いていた。

 おい。ていうか、そろそろ席返してやれよ。


 *******


 結局、空き教室から新しい机と椅子を運んでくる羽目になった。な、何故俺が……しかも、席の位置は俺の隣のままだ。彼女は今、窓際に追いやられている。夢野さん、ほんっとうにごめんなさい!

 ちなみに、メイド服に関しては、後でゆっくり話し合う事になった。


「はい。というわけで、今日からこのクラスの一員になる霜月あいさんだ。皆、仲良くしてやってくれ」

「あ、あの、その……霜月、あいでしゅ……~~!」


 噛んだ。

 霜月さんは助けを求めるようにこちらを見るが、ここからではどうしようもない。する気もない。せめてホームルームくらいは心を休ませてくれ。

 彼女はあたふたしながらも、再び口を開いた。


「えと……趣味は、読書で……特技は、掃除、炊事、洗濯、腕相撲、流鏑馬です」


 教室内がどよめく。

 俺も自分の耳を疑った。腕相撲、特技に挙げちゃうんだ……。

 ざわつくクラスメートの様子を見て、また霜月さんがあたふたし始める。


「あ、あの……本当ですよ!掃除も炊事も洗濯もできます、メイドですので……」


 そっちじゃねえよ。

 ていうか、特技に腕相撲挙げるのか……確かにバケモンじみてたけど。流鏑馬は……うん、ノーコメントで。

 すると、近くの席の誰かが椅子を倒す音と共に立ち上がった。


「腕相撲?……そりゃあ、黙っていられねえなあ!?」


 え?……何、このテンション。めんどい予感しかしないんだけど。



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