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霜月さんは意外と……

 あの腕相撲の試合が終わってからは、特に何事もなく授業は終わった。

 霜月さんは、あの時の鋭さなど忘れたようにオドオドしながら、その日の学校生活を過ごした。

 そして、今は普通に台所で料理をしている。家事だけはテキパキやるあたり、さすがはメイドさんである。

 だが……あの時の冷たい声。刃のような視線。

 あれは一体何だったのだろうかという疑問が、頭の中で蟠っていた。

 常人離れした怪力。

 暗殺者のような身のこなし。

 父さん、母さんのギャグテンションで有耶無耶にされたけど、本当に彼女はただのメイドなのか……いや、最早考えるまでもないな。

 絶対に彼女には何か秘密がある。

 それが何なのか、俺みたいな高校生にはわからないけど。


「あの、霜月さん……」

「あうっ、ぜ、絶対に嫌です……」

「…………」


 まだ何も言ってないんだが……ていうか、今のはただ声をかけただけなのに……。

 すると、彼女は一歩後退り、胸元をかばう仕草を見せた。心なしか頬が赤い。


「わ、私はそのようないやらしいお願いは聞けません……」

「まだ何も言ってねーよ!いや、今後もきっと言わねーよ!てか、前から思ってたんですけど、何で俺がアンタに惚れてることになってんですか!」

「え?ち、違うんですか?」

「オドオドしてんのか、自分に自信があるのかハッキリしろや!」

「あうぅ……ま、まあ、それはそれとして、できれば今朝の事に関しては、ス、スルーの方向で」

「いや、そうは言っても……」

「……お願いします……ちらっ」


 そう言いながら、霜月さんは胸の谷間をチラ見せしてきた。いや、オドオドしながらやることじゃないだろうに、まったく……。

 俺にそんなしょうもない色仕掛けが通じると思ったのだろうか?

 女の子の体をいやらしい目で見つめるなんて、男として最も恥ずべき行為であり、俺はそのような魂の汚れる行為はしない。

 よし。とりあえず前置き終わり。

 霜月さんは着痩せするタイプです。あと肌白っ!はい、終わり。


「いや、何くだらないことしてんすか。そんなんで誤魔化されると思ったら大間違いですよ」

「そ、そうは言いましても……さっきの御主人様、す、すごい顔してました……てっきり、襲われるかと」

「いやいや、霜月さん相手にそんなことしたら、命が幾つあっても足らんわ」

「…………」


 そんな『私みたいな可愛い女の子つかまえて、なんてこと言うんですか』みたいな目をされても……。

 すると彼女は、あからさまに何か閃いたような顔をして、棚からビンを取ってきた。何だ?何をするつもりだ?

 霜月さんは、警戒する俺の前に立ち止まり、オドオドしながらビンを差し出してきた。 


「御主人様……ビンの蓋が開けられないので、い、いいですか?」

「…………」


 まさか、今年一番の嘘をこんなところで聞く羽目になるとは思わなかった。

 とはいえ女子から力仕事を頼まれてやらないわけにはいかない。

 俺は霜月さんからビンを受け取り、さっさと開け、さっさと渡した。


「あ、ありがとうございます……でもモノローグではさっさとって書いてましたけど、何気にてこずってましたね……」

「やかましいわ!」


 言わなきゃわからないからいいんだよ!てか、自分で開けろや!

 霜月さんは、オドオドとドヤ感の混じった器用な表情をしていた。どんな気分なんだよ、その表情。

 結局、美味しい夕食が色々と有耶無耶にしてしまった。


 *******


 三日後。

 霜月さんがクラスに溶け込み始めたのか、クラスの女子達と昼飯を食うことになったので、俺は横田と教室の端っこで弁当を広げていた。


「それで、どうなんだよ?」

「何がだ?」

「何がだ?じゃねーよ。美少女メイドとのドキドキワクワク二人暮らしの事に決まってんだろうが。ぶっちゃけどうなの?」

「お前が期待してるような事はなんも起こってないぞ」

「え~、学園三大変人のお前が、あんな可愛いメイドとひとつ屋根の下にいて、何もしないとかあり得ないだろ」

「いや、まず学園三大変人とかいう称号があり得ないから」

「…………」

「えっ、何その反応?マジで言われてんの?」

「それで霜月さんに関してだけど……」

「いやいや、話進めんなよ!気になるだろうが!」

「まあ、ほら……知らなきゃよかったことってあるじゃん?」

「お前が言わなきゃもっとよかったんだけどな」


 無駄なやりとりをしながら、霜月さんとの数日間を色々思い出してみると、確かに美味しい状況といえなくもない。状況だけは。

 しかし、俺も命は惜しい。わざわざ死に急ぐような真似はしない。いや、そもそも最初から狙ってないんだけど。


「あの……」

「うおっ、びっくりしたぁ!」


 突然の声に振り向くと、さっきまでクラスの女子と談笑していたはずの霜月さんが立っていた。


「ど、どうしたんですか?てかいきなり背後に立たないでくださいよ……」

「いえ、その……何だかお二人の会話の中で、私の名前が出てきたので……」

「ああ、気のせいですよ。気のせい」

「そうですか……」


 危ない危ない……また変な勘違いをされるところだった。この人、俺が自分に好意を抱いていると信じて疑わねえからな。何ならタイトルを『内気なメイドさんは勘違いだらけ』に変更するまである。


「ああ、そ、それと御主人様……」

「?」

「昨日部屋で見つけてしまったいかがわしい本は、その……ど、どうすればいいでしょうか?」

「それ、今言う!?」


 傍にいた横田の笑い声がやけに大きく響いた。

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