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プロローグ

「ご、ご主人様……お目覚めの時間ですよ」

「…………」

「あの……」

「起きてるよ」

「そうでしたか……よかったです。昨晩遅くまで起きてらっしゃったので、その……てっきりいかがわしい……」

「いや、何もしてねえよ」

「何もせずに深夜まで……ご、ご主人様……暇人なんですね」

「そういう意味じゃないんだが……まあ、いいや。顔洗ってくる」

「わかりました……あの、お手伝いしましょうか?」

「いや、顔洗うのに手伝う事なんかないだろ」

「そう、ですね……では失礼します」


 メイドはぺこりと頭を下げ、部屋を出ていった。

 何の変哲もない朝……と言いたいところだが、日本の普通の家庭にメイドがいる状態で、やはりどこか変だ。どうしてこうなった?

 そう……時は数日前に遡る。


 *******


 ある日の夜……


「とりあえず、明日から家頼むな」

「頼んだわね」

「……マジか」


 帰ってくるなり何言ってんだ、この両親。前々から言動が奔放すぎるとは思っていたが、なんかまたわけのわからない事を言ってる……。

 俺は溜め息を吐き、何かの聞き間違いと信じて、もう一度両親と向かい合った。


「それで、何だって?」

「おいおい、聞いたか?妻よ。この息子、僕らの話をまったく聞いてないぜ?」

「そうね。悲しいわ。そうやって人の話を聞かないからモテないのね。かわいそうに……」


 テンションがうぜえ!ひたすらうぜえ!

 だが、この二人にいちいち苛ついていては話が一向に進まない。

 俺は気持ちを落ち着け、もう一度確認した。


「いや、何で急に家頼まれなきゃいけないんだよ。二人して旅行にでも行くのかよ」


 だとしたら可愛い一人息子を連れていくのが普通じゃないだろうか。

 すると父さんは、チッ、チッと指を振り、得意気な表情を見せた。


「実はな、父さんは海外に転勤することになったんだよ」

「はあ…………は!?」

「実はね~アメリカに行かなくちゃいけなくて」

「アメリカ……?」

「ああ、アメリカっていうのはね、国の名前で……」

「知っとるわ!てか、海外に転勤なのに何でそんなに動じてないんだよ!」

「まあ、よくあることだし。ねえ?」

「ねえ?」

「いや、ねえよ!」

「それで、だ。」


 急に父さんは真面目な表情をつくり、顎の無精髭をざらざら撫でた。


「まあ、3年ぐらいで帰ってくるから、お前には日本に残ってもらうことにした」

「……ちょっと……」

「ああ。皆まで言うな。お前が家事ができないのは知ってる。でもな……」

「…………」


 重たくなった空気に、俺はごくりと唾を飲み込む。な、何だ……何を言おうとしているんだ?


「僕は母さんと離れたくない。だから母さんだけは連れていく」

「言うと思ったよ!」


 はい、ここまで予想通りだと、いっそ清々しい。なんて無邪気な笑顔を浮かべているんだ、このクソオヤジ。

 俺は嘆息し、それでも気を取り直し、深く頷いた。


「まあ、別に一人暮らしの練習と思えばいいから、別にいいんだけど」

「ははは、まあ話は最後まで聞きなさい。それで、だ。まあお前が一人暮らしで寂しい思いをしないように、僕達が海外に行っている間、メイドを雇うことにしたんだ」

「ああ、メイドね…………メイド!!!?」


 もう斜め上な展開でも驚かないと思っていたら、まさかの展開すぎて驚いてしまう。


「あの……メイドって……」

「ああ、メイドっていうのは……」

「いや、だから知っとるわ!てか、何でメイド!?」

「いや、ほら……お前、家政婦よりはメイドのほうが好きだろ?そういう小説ばっか読んでるし」

「そりゃあ、まあ……って、そっちじゃねえよ!別にメイドとか雇わなくても一人で何とかなるわ!あと、息子の本棚勝手に漁るな!」

「そう照れるな。親子じゃないか。それより、もうその人には来てもらってるんだ。さあ、入ってきなさい」

「……は、はい」


 オドオドした返事と共に、ゆっくりとリビングのドアが開き、メイドさんが臆病な猫のように、そっと入ってくる。


「し、失礼します……」


 うわ……マジでメイドだ。

 メイド喫茶とかに行ったことのない俺には、人生初のメイドだ。人生初のメイドという言葉もアレだが、まさか人生初のメイドを自宅のリビングで見ることになるとは思わなかった。感想?戸惑いしかありません。

 年は……多分同じくらいだろうか、背は小柄で、腰くらいまである長い茶色い髪を先端で束ねている。

 俯いているので顔は見えづらいが、すっとした形のいい鼻と、もにゅもにゅ動かしている薄紅色の唇が、やけに可愛く見えた。


「こちらが、今日からメイドとしてウチで働いてくれることになった、霜月あいさんだ」

「よ、よろしく、お願い、します……ご主人様」

「え?あ、ああ、よろしく……」


 メイドさん……霜月さんは怯えた子犬のように顔を上げる。

 すると、くりくりした二つの瞳が、ようやくこちらを見た。

 何より……今、ご主人様って言った……何だ、この感じ……。


「あ、あの……そんなに見られると、恥ずかしいです」

「ご、ごめんなさい!」


 これが、平凡な高校生の俺と、変わり者メイド・霜月さんとの、何とも気まずい初対面の思い出だ。


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