2:竹細工
「すごい洒落た建物が並んでいるな…」
新橋駅の通りには西洋風の建物がずらりと並んでいた。
まるでヨーロッパ地域に来ているような錯覚すら覚えたほどだ。
道路も馬車などが行き交う場所と歩行者が行き交う場所が分けられており、かなり整備された道路網が構築されていた。
新橋は東京の玄関口であり、明治時代ではこうした洒落た建物が建設されていたことにかなり関心を覚える。
現代では雑居ビルが多く立ち並び飲み屋やキャバレーなどの飲食店が多いが、この時代…明治時代には米屋や着物の問屋が洒落た洋風の建物に店を構えて商売をしていたのか…。
西に向かえば皇居や海軍省の建物があるが、私が向かうのはここ新橋駅から北東にある本所だ。
海軍省は太平洋戦争後に復員省となり、その後建物は厚生省に引き継がれたはずだ。
海軍省…。
たしか紅色っぽい感じの赤レンガで作られた近代的な建物だったのを覚えている。
一昔前のウォーシミュレーションゲームやテレビのドキュメンタリー番組では海軍省のカラー写真が度々使われていたからだ。
まぁ、それはまたひと段落してからにしよう。
新橋を歩いていると、最初のお目当ての竹を使った製品を売っている竹細工の店に立ち寄った。
店には竹で作った茶道具に使う茶杓や竹とんぼなどが置かれており、すべてこの店の職人が手作りで作ったようだ。
うむ…よく見てみるとしっかりと竹を編んで綺麗に結んでいる。
これはしっかりとした職人さんが作ったのだろう。
様々な商品を眺めていると、店主と思われる男性が私に近づいてきた。
「いらっしゃいませ!何かお探しでしょうか?」
「すみません、背負うことが出来る竹籠が欲しいのですが…こちらで取り扱っていますか?」
「背負い籠ですね!勿論ありますよ!今は中ぐらいのと大きいのがありますが…如何いたします?」
「大きいのが欲しいのですが…大きいのはどのくらいの重さまで耐えきれますか?」
「そうですねぇ…このくらいだとだいたい10貫ぐらいですね…それ以上大きいのだとかなり重くてしっかりとした竹籠でないと壊れてしましますよ」
10貫…か。
おおよそ37キロ前後までの重さには耐えきれるらしい。
一昔前まで尺貫法は日常的に使用されていた単位であり、私も入社した時は上司が研究実験で使うお菓子の調合を尺貫法で行っていたときがあった。
戦前から勤めている人だったこともあり、尺貫法のほうが手馴れてはいたが、その度にいちいちメートル法などで再計算しなければならなかった。
尺貫法はその時に学んだのだが、今こうしてその学んだことが役立っていることに安堵している。
「では、こちらの大きめの背負い籠を一つください」
「お買い上げありがとうございます!3円30銭になります!」
私は4円を店主に渡す。
店主は直ぐにつり銭の70銭をこちらに寄こしてくれた。
それと同時に手に持っていた背負い籠は今から私のものになったというわけだ。
店主に一礼してから私は竹細工の店を後にした。
「ふむ…中々サービスを良くしてくれた店だったなぁ…また調理道具で必要なものがあればここにしようかな…ん?この匂いは…」
竹細工店を出てから5分と経たぬうちに、香ばしい匂いが立ち込めてくる。
甘くて美味しそうな匂いだ。
その匂いに引き寄せられた場所は洒落た赤レンガの外壁が特徴的なお菓子専門店「ぽると堂」だ。
そこで私は店の棚に飾られていたお菓子の種類が想像していたよりも豊富であったことに強い衝撃を受けた。
(カステラに金平糖に…カルメ焼きまであるのか…出来立てということもあるけど、かなり美味そうだ…)
工業製品として工場で均一に作られたものではなく、店の調理場でその日のうちに作られたのだろう。
出来立てのお菓子は少し膨らんだように見えるからだ。
カステラの生地などの状態を見れば、それがいつ作られたものなのかはだいたい察することができる。
お菓子の工場生産ラインで検査員として2年ほど新入社員の時に商品出荷の目利きを行い、それから新商品開発部としてお菓子に関わってきた私からみても、このお店で売られているお菓子はどれも品質がとても良い状態で管理されているのが分かった。
(これはすごいな…高級菓子店なのかもしれないが、研究のために一つ何か買おう…)
私はそう思いお店の人に声を掛けようとした。
すると、ボロボロの服を着た子供が私の隣をすり抜けてクッキーの入った箱を両手で持って店の外に飛び出していった。
一瞬私は何が起こったのか理解できなかった。
しかし、すぐに店員さんが叫んだことで今の子供が盗みを働いていたことに気が付いた。
「こらっ!!!ど、ドロボーッ!!!!」
お菓子泥棒。
映画にありそうな単語のフレーズだが、盗みはやってはいけない行為だ。
万引きではなく窃盗だ。
お店の人が丹精込めて作った商品をお金も払わずに盗むなんてどうかしている。
それに、盗まれた分を売上で取り返すにはその倍以上の商品を売らないと損失分が補えない。
私は背負い籠を持った状態でクッキーを盗んだ子供を追いかけた。