裏闘技場【ロベリアス】
ここで、第三章の始まりと致します!
暗い部屋。
中をやんわりと照らすのは、壁に取り付けられたランタンのみ。
たった一メートル範囲内の人の顔も伺えないほどの暗闇だ。
下には絨毯。
前には、ランタンによって輪郭だけが映る、玉座に座った人物が。
足を堂々と組み、こちらを撫でる様に見下ろしているのが、暗闇の中からでも分かる。
だから『彼女達』は跪いた。
「ミラージュ。作戦終了につき報告に参りました」
跪いた人物は三人居る。
一人は自分を『ミラージュ』と名乗る、漆黒を纏った女性。
「ーー了解したわぁ。それだけでいいから、貴方は下がりなさいな」
「はっ」
玉座に鎮座する謎の人物は、その女性を下がらせた。
ミラージュの場合『下がった』は『この場から消えた』と言うことを意味している。
次に、玉座に座る人物が見たのはサキュバス。
人を惑わせ、夢へと誘う淫魔。
夢魔とも呼ばれる魔族も、玉座の人物に忠誠を誓っている。
ミラージュもそうだったが、彼女も膨大な魔力量を有している事が分かる。
それに見合う経験も、この魔族は持っているのだろう。
そんな魔族は、跪いて下がった頭を更に下げ、小さな声でこう告げた。
「……駒、出迎え完了」
機械の様に、囁く様に呟いたサキュバスの声は、玉座の人物にも届いた。
「ありがとうシューリーレン。貴方も業務に戻りなさい」
「りょう……かい」
サキュバス……いや、シュリーレンは小さく頷き、ミラージュと同等に消えていった。
そして、最後の三人目。
玉座の人物は、少女の様な体躯を持つ女性に、ただ一言のみで告げた。
「フォークト……遊んで来なさい。存分にね☆」
そう呼ばれた少女は即座に立ち上がり、腕の鎖を揺らしながら返事した。
「分かりました……我が主人、ロベリア様……」
そしてただ一人残ったのは、胡散臭い笑みだった。
「ふふ☆」
♦︎
「ねー!どこまで続くのこの階段!」
リアン異種闘技場の隠し通路。
暗い、ジメジメとした雰囲気の通路を抜けた先は、長い長い螺旋階段だった。
水も滴る、結構な確率で足を滑らせそうな階段。
灯りも壁のランタンしか無いので、かなり暗い。
虫や蜘蛛の巣が張っているのは日常茶飯事。
汚ったない所に案内されたのは、火を見るより明らかだった。
それを下ること、実に二十分程。
モイラの堪忍袋の緒は当然、切れかかっていた。
「ははは……確かに。どんだけ続くんだろうねこれ」
僕もまあ、その階段の長さに絶句仕掛けていた……が。
「だがまぁ……光は見えてきたんじゃ無いか?ほら、人の魔力反応が近いぞ」
アーサー君が螺旋階段の終わりを察した。
「……言われてみれば。人の声が聞こえる様な……」
モイラの言う通り、人の声も微かに聞こえる。
しかもこんな陰気な階段の雰囲気とは似合わず、随分と楽しそうな……。
「やっとの、終点かな?」
そして、色々と気が滅入った僕らを出迎えたのはーーー。
♦︎
「ようこそ!裏闘技場へ!」
受付嬢だった。
彼女は、僕達を事前に待っていたかの如く、真正面で佇んでいた。
カウンターで待つ事はせず、だ。
「裏……闘技場?」
理解しかねる僕達は、笑顔を振り撒く受付嬢に歩み寄った。
「ここがそうなのか?」
まず、アーサー君が知ったように聞いたので。
「何か知ってるの?」
「……ああ。ここは地下の闘技場、その裏だ。ほら、裏カジノとか言うだろ?その闘技場版で、普通の闘技場じゃ扱えない過激な演目や荒くれ者を集めた……正に無法地帯と言っても良い」
「だが、それも都市伝説化していてなー。本当に有ったとは……」
感慨深く呟くアーサー君に被せるように、受付嬢は言った。
「そうですね。その方の言う通り、ここは裏闘技場。地下闘技場管理者ロベリア様が運営する違法闘技場【ロベリアス】です!」
受付嬢は、その赤と白の制服を揺らし、テンション高めに説明し切った。
その制服は、元の闘技場の制服とは違うね。
多分、血を白刃をイメージしてるんじゃ無いだろうか。
正に違法な闘技場に相応しい感じだね。
(ロベリアス、違法闘技場か……それに僕達は招待されちゃったって訳ね)
まあ、景品が古代兵器の時点で薄々分かってはいたけど……。
僕が思案している内に、受付嬢は何処からかクリップボードを取り出し。
「説明も済んだところで登録です。ええっと……ユト・フトゥールム様、モイラ・クロスティー様……アーサー・アスタチン様ですね」
僕達は驚いた。
登録の速さではなく、その受付嬢が言った『名前』について。
僕やモイラは兎も角、偽装魔法で姿を変えているアーサー君の名前など、この受付嬢が知っている筈も無いからだ。
元の闘技場受付にも、僕達は名乗ってすら居ない。
今までの会話の中に、アーサー君がアーサー君だと知られる様な単語は入れて無かった筈。
「アーサー君、ちゃんと偽装魔法付けてたよね」
「……付けてる筈だ。しっかりと最高位のな」
僕とアーサー君が困惑している時に、受付嬢を一人凝視していたモイラは呟く。
「……君、暴露の魔眼を持ってるよね……しかも、能力にまで昇華された」
そんなモイラの眼は光っていた。
その言葉に受付嬢は、目を少し笑わせた。
そして、彼女は一度ゆっくりと瞼を閉じ。
またゆっくりと開け、その赤眼を露出させた。
「……やっぱり」
モイラは口角を上げた。
推理が当たって嬉しいんだろうか。
当たったのは、君の神眼のお陰なのに。
「……歓迎しますよ、御三方。貴方達はVIPです。この登録以外、名前は偽名を使って隠しますので御安心を。存分に、景品『第三兵器』を破壊する為に奮闘し、観客達の娯楽となって下さい」
赤眼の笑顔を見せた途端、彼女は踵を返し。
「開戦は明日早朝です。その間、部屋で英気を養って下さいね」
……そう言って、彼女は人混みに消えていった。
止める暇も無し。
もっと説明を求める暇も無しに。
「はぁ……ん?」
気付けば、僕の手には鍵が握られていた。




